• 小泉まり

社会の良さも厳しさも頑張る意味も全部、この会社で知って見つけてほしい

今回は、6月に出産を控えているという小泉まりさんにお話を伺いました。ふとした縁からアルバイトとして営業の仕事に携わった小泉さんは、営業としての働き方や稼ぎ方に楽しさを覚え、そのまま入社することを選択します。そして、今ではたたき上げの社長に。ただし、それは自身が目指していたわけではなく、周囲からの期待にただただ応えた結果だったと言います。

「私に求められることがあるならば、それをただただ全うする。そして、そこで結果を出すのが私の役目」、「代表を務めるからには、私自身が入社した頃の会社の雰囲気や人を大事にする風土を、これからも存続させていきたい」と願いを言葉にしてくださいました。
インタビュー実施日:2018年4月27日(らしくインタビュアー渡辺)

目次

■スタートはアルバイト。完全なる“たたき上げ”の人間で、とにかく実績をあげて社長になった

――今、どんなお立場で、どんな仕事をしているのかを教えていただけますでしょうか。

今、私はプレミアムウォーターホールディングスの役員と、その子会社のエフエルシープレミアムの代表を5年前から務めています。エフエルシープレミアムは“The・営業会社”で、240名くらいいる社員の内、およそ200名は営業職です。その中で基本的に私は、日々の営業の数字のチェックから総合的な管理を担当しています。それとは別に、今エフエルシープレミアムは上場を目標としているので、それに向けての準備もいろいろとしています。私はどちらかと言うと、「外に出ていく人間」と言うよりは、社内でマネジメントをして、「とにかく数字をしっかり出す」というところにエネルギーを使っています。

あと、弊社は「人がありき」という会社なので、その「人」という内容……、つまり人事ですね、採用に時間を使いながら、日々の仕事に取り組んでもいます。

――なるほど、ありがとうございます。今はエフエルシープレミアムの社長を務めていらっしゃるわけですが、もともと、そういったキャリアを目指していたのでしょうか。

この会社に入社した時、私はアルバイトだったんです。なので、アルバイトからの完全なるたたき上げの人間です。ずっと営業の世界で生きていた人間なので、バックオフィスとか管理系でスキルを身につけてきたという感じは全然なくて、とにかくセールスで実績をあげてきた、っていう感じですね。

■父の事業が失敗し、短大時代は週7日勤務のアルバイト生活を送っていた

――そうなんですね。アルバイトとして、この会社に入社されたわけですが、そのきっかけはどういうものだったのでしょう?

短大の頃の私は、週7日働いていたんですね。居酒屋とかのバイトを掛け持ちして働いていたんです。と言うのも、父が事業に失敗して自己破産してしまって、私が高校生の時には家にお金がなくなってしまったんですね。その時から「私は自給自足しないといけない」と思っていたんです。学校に行くにも、親に1円も支援してもらえない状態だったので、生活費を稼ぐために、学業とバイトを両立させて生活をしていました。

私にはきょうだいが5人いるんですけれども、姉がエフエルシープレミアムの前身となる会社の立ち上げに携わっていたんですね。その頃、姉は営業成績がすごく優秀だったみたいなんです。家にはいなかったんですが、「私のお姉ちゃん、すごく稼いでいるんだなぁ」ということは感じていたんですね。正直、何をやっているのかはよくわからなかったんですが、たまたまその会社の近くに姉と行く機会があって、その時に今でもお世話になっている上司から、「バイトしない?」って誘われたんです。それがきっかけですね。

――お姉さまが取りもってくださった縁というか。

姉は多分嫌だったと思いますけどね(笑)。私も嫌で、働くつもりもなかったんですが、あまりにもオファーをいただいたので、「じゃぁ、夏休みの学校がない間だけやってみようかな」みたいに始めたっていう感じですね。「1ヶ月ぐらいで辞めよう」と思っていたんです。けど、なんだかんだ気づいたら働いていたんですよね。

――夏休みが終わってからも、勤務は続いていたんですか?

ここでのバイトは、丸1日間、予定を空けないといけなかったんです。フルでの勤務が前提だったので、学校が始まってからはシフトも月に6回、つまり6日くらいしか入れなくて。

他の日は、夏休み前と変わらず、学校の後は居酒屋のバイトに通う日々でしたね。遊ぶよりも、とにかくお金を稼ぎたかったので、空いている時間は仕事ばかりしていました。

――ちょっと失礼な聞き方かもしれないけど、学業と仕事の両立は、本当に大変だったんじゃないですか?

正直、大変でしたし、常に眠気と戦っていました。友達と遊ぶ時間もほぼなかったので、付き合いを気にした時期もあります。とは言っても、学費を払うにもお金がないと学校に通うことすらできなくなってしまう……。日々、そんなことを考えて過ごしていました。

ちなみに短大って授業がぎゅっと詰まっているので、いわゆる4年間通う大学生みたいにゆとりがある感じじゃなかったんですね。もともと栄養士になりたかったので、授業も予定パンパンに入っていたんです。なので、学校に行って、授業が終わったら夜中までバイトして……。本当に常に眠気と戦っていたので、大変でしたね。

――それは聞いただけでも大変そう。大変でしたね。

■最後のアルバイト、本気で頑張ったら全国1位の座を獲得できた

――短大を出る頃は、「栄養士になろう」と思っていたんでしょうか?

もっと遡ると、本当は私、大学に行きたかったんです。管理栄養士の資格をちゃんと得られる大学に。ただ、なんせ私にはお金がなかった。進学したいと思ったら自分でなんとかするしかないので、「まずは短大に2年行ってみよう。それでもまだ進学するべきだと思ったら、編入でもなんでもしよう」って思っていたんですね。

でも、結果的に、私は「経済的に苦しい状態から早く抜け出したい」っていう気持ちの方が強かったんです。そこで就職しようと思っていろいろと調べてみると、一般職のお給料が想定以上に低かったんですね。それに環境的にも、なんていうんでしょう……、“女のギスギスした世界観”っていうんですかね、それが私には合わないなと思って。私はそういう働き方をしたくて社会に出たいわけじゃないな、と感じたんです。人の健康に携わって、それを勉強することは変わらず好きだったんですけど、「今、それを職にするのは違うかな」と思って、やりたいことがなくなってしまったんですね。

――周りの方は、いわゆる“就活”をしていたんですか?

していました。でも、私は目的意識を持たないと動けないタイプだったので、「どうしようかな?」って立ち止まっていたんですね。その時、今のグループの代表の萩尾に相談する機会があって話をしたら、「とりあえず就活をやってみろ」「いろいろな会社を見るのもいい経験だから、その上で考えたらいいじゃないか」って言われたんです。「確かに、そうだな」と思って、それから3ヶ月間だけ就活しました。

実際に内定もいくつかいただきました。どんな会社がいいかな、って考えたんですけど、その当時、アルバイトで営業職も経験していたので、頑張ったら営業の総合職に転籍させてくれるような会社がいいな、って思っていたんです。“短大卒”という学歴と、“女”という性別だけを見て、事務職しかやらせてもらえないところには行きたくないな、って。なので、内定をいただいた中から、比較的会社も安定していて、条件に合いそうな会社に入社しようと考えていたんですね。

――それでも、その会社には入社せず、エフエルシーさんに入社することになったんですよね? そこの経緯を教えていただけますか?

内定をもらって夏休みの時期になったんですね。「このバイトで最後かな~」なんて考えながら、ふと「この営業の仕事で、どれだけ自分が勝負できるのか、試してみたい」って思ったんです。必死にシフトも入れて、とにかく頑張った結果、全国ランキング1位になったんですね。

――すごいですね!

その時に自分の中で大きく感じるものがあって、純粋に「楽しいな」って思ったんです。

うちの親は、苦労していたこともあって「安定した会社に入ってほしい」と私に対してずっと言っていました。だから、「この会社に入社するっていう選択肢はないかな」と思っていたんですけど(笑)。

でも、代表から、「一緒に仕事しないか」って言ってもらったんですね。そう声をかけられたのが、自分の中でまた大きく感じるものがあって。会社の人たちも好きでしたし、営業という仕事自体にもすごく魅力を感じていました。頑張ったら頑張った分だけ自分を評価してもらえる環境も、私の中で大きかったかなと思うんです。正直、「扱っている商品が好き」っていうのは一切なかったんですけれども(笑)、結果的に「自分はこの会社にいよう」って決めました。

当時は保証も何もない会社だったので、不安はもちろんあったんですけど、自分の中で腹をくくって飛び込んだ、っていう感じですね。当時、20歳ぐらいの決断でした。

■「就活は、そういう自分なりの社会勉強、みたいな感じでやっていました」

――就職活動するかどうかって迷った時に萩尾さんがお話を聞いてくださったっておっしゃったんですけど、それはアルバイトをしていた時に知っていたから相談をするっていう感じだったんですか。

そうです。たまたま会社行った時に、ポロっと相談したら、サラって返されて。「あ、そっか。就活してみるっていうのもありだな」って思って。

でも、後々よく考えたら、「何で私に就活させたんだろう?」と思ったんですけど(笑)。

――そうですよね、その後、「うちの会社で働かない?」ってスカウトされるわけですからね(笑)。

でも、私も就活をしておいて良かったなと思います。いろんな会社を見る機会も他にはなかなかないですし、自分に合う・合わないってどういうところなんだろうと考える機会にもなりましたしね。真面目に取り組んで、世間の型にはまるタイプでもなかったので、適当にやっていたところもあるんですけど(笑)。

――でも内定を獲得しているんだから、すごいですよね(笑)。

どうなんでしょう(笑)。

自分自身をちゃんと見てくれるところは見てくれるだろう、評価してくれるだろうな、っていう変な自信もあったんですね。だから、「なんか文化が合わなそう」っていう会社の選考では、きっと不真面目な態度をとっていた気がします。「どうせこの会社、私のことを採用しないだろうな」って(笑)。今考えるとひどい話ですけど、履歴書に写真を貼らなかったこともあります。面接の仕方が形式ばかりで、すごい年配の方が面接官として出てきた瞬間に、「この会社、嫌だなぁ」って思っちゃったりとか。就活は、そういう自分なりの社会勉強、みたいな感じでやっていましたね。

――自分の価値観というものがわかったんですかね。「これは嫌だな」とか「これは自分に合わないな」とか。就活に取り組むことで、見えてきたんでしょうかね。

それはありますね。多少はもちろん準備はしていくんですけど、面接の場、その場その場で自分が思ったことを喋るタイプだったので、「それを受け入れてくれる会社や職場の方が、私らしくていいんじゃないかな」みたいな感覚はありましたね。

■「自分の頑張りでいくらでも稼ぎを変えられる」という感覚が私にはすごく合っていた

――先ほどの、夏休みの頑張りで成績がトップになった経験って、とてつもなくすごいことだと思うんですが、それをやり遂げた時ってどういう心情でしたか? 「あ、できるんだ」っていう驚きなのか、「まぁ、できるわよね」っていう確信なのか、充実感なのか、達成感なのか。

達成感が強かったですね。やっぱり優秀な人がすごくいっぱいいたので、そんなに楽じゃなかったんです。自分を極限まで追い込んで成し遂げたので、1位をとれたことは、大きな自信にはなりました。「1位になってみて見える世界ってこんな感じなんだなぁ」っていうのも思いましたね。あとはその結果を出すまでのプロセスでいろいろ感じたこと、思ったこともたくさんあったので、すごいいい経験ができたなって思います。

――1位をとった人が見ることのできる世界って、どんなものでしたか。どんなことを感じました?

「1位をとる人のプレッシャーってすごいんだな」って思いましたね。あとは、「こういう達成感があるんだな」「やり切った感ってあるんだな」と、そんなことを感じたと思います。もともと負けず嫌いな性格だったので、自分の負けん気をフルに出してやり切ったんですよね。

あとは……、当時、アルバイト社員も多かったんですけど、フリーターで働いている人がやはり営業力も強かったんですね。当時はすごい弱肉強食で、営業成績がいい人同士でないと組めない世界だったので、私が1位をとったことで“下剋上”が起きた、というか。「雲の上の人たち」と思っていた営業成績がいい人たちと普通に張り合っている状況に、「すごいなー」って感じていましたね。

――1位を獲得して、いかがでしたか? 仕事や働き方に対する考え方は何か変わりましたか?

「自分の頑張りでいくらでも稼ぎを変えられる」っていう感覚が私にはすごく合っていたと思うんです。同じお給料をもらっている人が複数働いている中で、仮にサボっている人がいたら、きっと人間って「サボった方が得」って感じると思うんですよ。人って、どうしてもそっちに流されるじゃないですか。

でも、この営業の仕事をやっている時の自分は、「隣でサボっている人がいようと別に私には関係ない」と思えたんですよね。自分の目的のために頑張ったことが結果としてわかりやすく出るし、お給料も自分の頑張り次第で変えていける。その自分で変えることのできるバッファ、自由があることが、私はすごく好きでしたね。

――確かにそうですね、居酒屋のバイトだったら、どんなにフルで接客や洗い物をしていても、「今日はお客さんが少ない。ちょっとラッキー!」っていう日も同じ時給ですもんね。

そうです、そうです。だから、「得るものが違う」っていうか、「必死さが違う」っていうのはありました。小学生とかから体育会系の世界にいたので、一生懸命に取り組むのが好きなんですよね。「この仕事ではその感覚を得られる」っていう感触もありました。

あとは、自分の上司たちの考え方や仕事に対する姿勢がすごく好きだったんですよね。目標の高さについても、「周りがどうこうじゃなくて、俺たちが自分たちでやるんだ!」っていう、ぶれない気持ちでやっている感じとか。「どうせやるんだったらナンバーワンを目指すんだ!」とか。結構シンプルなように感じるんですけれども、それが魅力的で、面白くて。みんな、破天荒でしたね(笑)。

――破天荒、ですか(笑)。

「こういう人たちがいるのかー」ってくらい(笑)。自分はどちらかというと真面目に生きてきた方だと思っているんですけど、当時の上司や先輩たちに、いろんな遊びとか、いろんなことを教えてもらって。それがすごく刺激的で、楽しかったですね。

――このインタビューの前に社員の方々にちょっとお話を伺ったんですが、皆さん揃って「上司が魅力的」っておっしゃるんです。別に、それを聞きだそう、と思って話をしていたわけではないんですが、「当時の上司が教えてくれた」とか、「上司についていきたいって思う気持ちがすごく強かった」とおっしゃるわけです。そういった風土が当時もあったんですかね。

そうですね、そうだと思います。よく言うんですが、「“何をするか”よりも、“誰とするか”が大事」っていうことを心から思って、何でもやってきたんですね。

私にとって、「世の中に認めてもらうっていうことがどれだけ大変なのか」とか、「何もないところに何かを生み出すことがどれだけ大変なのか」というのを実体験で、当事者目線で経験させてもらえたのが、この会社なんです。

今、15年目になるんですけど、この先も私は転職を選んで、どこか違う会社に行くっていうことはないと思っているし、同年代の方々が転職をしている中で私はこれだけずっと同じ場所にいれたっていうこともすごいなと思いますし。私をここにいさせる魅力が、この会社の中にはあると、思っています。

――それが、上司の仕事に対する姿勢や、その考えを支持するメンバーの思いだったりするんでしょうね。素敵です。

■「人に対して興味をもつ」「人を大事にする」。私が社員に求めるのはシンプルなこと

――今、小泉さんは“社長”というお立場ですが、この会社の中で変えないこと、強化したいことはありますか?

人を大事にするスタンスは絶対に変えないでほしいです。

今、採用の面で言うと、ホールディングス全体でいろんな方たちが、いろんな文化を持って、メンバーとして加わってきているんですね。その中で、これまで私たちが築いてきた、大事にしてきた文化が薄れてしまっている部分もあると思います。でも、今、私が任されているエフエルシープレミアムという会社は、ホールディングスの中でも特に、そのもともとの文化が根強く引き継がれている会社だと思うんです。

昔はよく“エフエルシーイズム”と言っていたんですが、「“エフエルシーイズム”を代表する人は誰?」って訊かれたら、「小泉まりでしょう!」って自他ともに思うぐらい、私はこのエフエルシーの文化をよくわかっている一人のつもりです。私が今のポジションを任せてもらっている以上は、どんなに人が増えてきても、その“イズム”を絶やさないことが私の宿命だなと思っています。

「人に対して興味をもつ」「人を大事にする」……、結構シンプルなことなんですけど、私が求めるのはそこですね。それを踏まえて、正しいことを正しくやって、誠実にしっかり仕事をしていれば、結果はおのずと出ます。そういうことをちゃんとしていれば、必ずそういう人は応援されますし、応援される社員の集まりが結果的には会社になるので、このシンプルな点を私はおさえていかないといけない、と思っています。実際に、この点については口を出しますし、教育も徹底したいと考えています。

■最終面接では自社で働くことに対して、「あなたが目指す未来と一致しますか」っていう点を確認したい

――採用も担当なさっているとのことですが、例えば新卒採用では、どんな学生に応募に来てほしいと考えていらっしゃいますか?

若い段階で安定を求めている人よりも、「チャレンジしたい」という思いをもっていたり、向上力が高い人に来てほしいですよね。

私たちの会社って今、傍からみても十分に整っていると思うんです。どんな環境の中でも、もちろん仕事ですから大変なことっていうのは常にあると思うんですけど、「環境がそろわないとできない」って言っちゃう人……、私はそういうのは三流って思っちゃうんで(笑)、そういう人はちょっとな……、と。ちゃんと自分で、自分の力で、はつらつとやれる人がいいですね。

あとは何度も繰り返していますが、弊社は営業の会社なんで、「若い内から活躍したい」とか、「同年代より稼ぎたい」とか、そういう欲求をたくさんもった人の方がいいと思います。

――大事ですよね。「環境がそろわないとできない」っていうのは……、どうなんでしょうね。私も最近、多くの学生と話しているんですが、会社を見る軸として“福利厚生”とか“残業”とか言われると、「そこがそんな気になるんだ。もっと『こういうことがやりたい!』とか、『もっと稼ぎたい』とか、『早く偉くなりたい』とか、そういうのってないの?」って思っちゃうんですよね。それで、それを尋ねると、「いやぁ、別に」って反応する人も多くて。「ダメですかね」って。「ダメじゃないけど、私は自分の部下としては選ばないかな」って返しているんですけど(笑)。

よく学生さんに「会社のビジョンは何ですか?」って訊かれるんですけど、“ビジョン”っていう言葉を使われると、逆に「じゃあ、あなたのビジョンは何ですか?」って聞きたくなっちゃうこともたまにあります(笑)。「あなたに何がわかるの」って。

――あぁ、すごくわかります!(笑)

会社のビジョン、もちろん聞かれれば語りますけれども、それを聞いて、「この会社、大丈夫だなー」ってそう思っちゃうのは、「なんか、ずれてんだよなぁ」って私は感じちゃうんですよね。そういう意味では、先ほど渡辺さんがおっしゃったような、何をどうしたいかっていうところがあやふやな学生って、結局、何をさせても、どんな環境にいても変わらないと思うんですよね。

最終面接を任されることが多いですけど、私は応募に来てくれている学生の意志がどこにあるかを確認して、それが会社が目指している方向性と合っていて、いい形でコラボできる人と一緒に働くのがいいと思っています。人にはいろんな価値観があるから、何が良い悪いとか、何が正解か否かなんて、人それぞれ違ってよくて、ただ、会社と応募してくれた人の価値観は合っていた方がいい。そういう思いから、私の面接は私が質問するよりも私が喋る方が多いんです。

それまでの段階で、会社のことや仕事の内容なんかは人事が話してくれているわけですよね。それを経て、「私がこの会社の代表です」って出ていくのなら、「私、小泉まりはこういう考えの人間です。あなたが目指す未来と一致しますか」っていうことを確認したいと思うんですよね。その点がお互いに違うんだったら、多分それはいい関係として成り立たない。そういう人は、多分、一緒に仕事をしてみた時に、どれだけ能力が高くても、面白くなくなっちゃうと思うんです。そういうミスマッチがないように、応募者を見なくちゃいけない、っていうのは、面接に臨む時にいつも意識していることですね。

■「社長になりたい」という思いはなかった。求められる役割がそこにあるなら、それを全うするのが私の仕事の仕方

――ちょっとキャリアの話に戻って聞かせてください。もともと「社長になりたい」っていう思いや野心みたいなものはあったんですか?

ないですね。なかったです。

ただ、「自分がやったことを認めてもらいたい」っていう欲求はすごくあります。私、「やっぱり女だし」「年下だし」っていうコンプレックスが強い方だと思うんです。「僻まれるんじゃないか」とか、結構こう見えて小心者なので考えてしまう人間です(笑)。

――そうなんですね(笑)。

「でも」と続けるのが論理的かどうかは別として、自分で決めたことはきっちりやらないと気が済まない人間でもあります。

私にとって、基準は常に自分の中にあって、「今日の自分が昨日の自分を超えられるか」とか、「今、小泉まりが出せるパフォーマンスを、私はちゃんと120%出せているのか」とか、そういうことにしか興味はないんです。それが大事。ちなみに、自分に対して嘘がある頑張り方も嫌いですね。

――では、他の人の存在に興味はない? 他の人と自分の評価を比べたりすることもないですか?

他人と比べて「この人を抜いてやる」みたいな基準で仕事をしたことは、正直、本当にないんです。だって、“評価”って結局周りがするものだし、私がするものじゃないじゃないですか。だから、「この人と比べて」みたいなことを思ったことが、本当にないんですよ。

――なるほど。

よく学生さんの話を聞いていて、「すごいな」と思うのが、「起業したいと思っています」とか「社長になりたいです」とかおっしゃっていて。あんな若くして言える人たちの方がすごいなって思うんですよね。私はそんなこと思ったことがなかったので。

ただ、「社長になりたい」と思ったことはないですけど、私は「能力を上げたい」とか、「自分がやっていることを自分で納得してやりたい」とか、「やるんだったら結果を出したい」とか、そういう思いはすごく強い人間です。だから、今のポジションと役職の中で、求められることがあるならば、それをただただ全うする。能力を上げて、納得して、結果を出したい。そんな感じですね。

――すごいですね。力強いです。

こういうのって、人によってはきれいごとっぽく聞こえちゃうので、私、好きじゃないんですけど。「こういう風に言うことが美徳」みたいな感じに思われるのは、すごく嫌なんですよね(笑)。私は正直に思ったことを思ったように話すだけなのになーって。

――大丈夫です、私は今、お話を聞いていて、きれいごととは思わなかったです(笑)。純粋にすごいな、って思いました。「こういう方がトップに立つんだな」って納得しちゃいました。

本当ですか(笑)。

私の中で大事なことは、例えば、「一番を絶対取る」とか、「上司が私に対して求めているレベルを超えていく」とか、そういうことなんです。そういうことをただただ毎日毎日一生懸命やっていたら、こうなったっていう“結果論”ですね、社長になったのは。

だから今も、私がエフエルシープレミアムの代表でいることが、この会社にとってベストで、会社の中でちゃんと成り立っているのであれば、私はそれに沿って、ちゃんとやる。自分で引き受ける以上は絶対に全うする。そういう意志は強いです。

ただそれが10年後も20年後もそうか、と言われたら、「それもちょっと違うな」とも思っているんです。決して、「もう自分はいいや」みたいな感じの話ではなくて、そこに私じゃなく違う人が立つことが、その時期の会社と社員たちにとってベストな選択だとなれば、その別の人が代表を務めないといけないと思うんですよね。そういう会社じゃないと多分長くは続かないと思うんです。

逆にいうと、そういう決断のできる会社をつくることができなかったら、それは私が役割と任務を果たせていないという証なので、それはいけないな、と思います。人と組織を育てられていないということですから、今から、そこを意識しなければいけないな、と思います。

――ストイックですね。会社のことを本当に思っていらっしゃるっていうのが伝わってきます。

今は会社の目標もできましたし、私も本当にまだまだ成長過程なので、とにかく勉強して、吸収して、自分がやれることをしっかり全うしよう、って。それが私の気持ちですね。

あとは、女性で営業会社を束ねる会社さんもなかなかないのかなと思うので、どうせだったら、それが目立つブランドになれたらいいなと思いますけどね。

■「女性に対する世の中のバイアスについては?」「本当に『クソくらえ』と思っています(笑)」

――“女性”ということについてお伺いしたいんですけれど。さきほどコンプレックスの部分に「女性」だとか「年下」だとか、そういうものがあるとおっしゃいました。「短大出た女性は一般職」といったバイアスみたいなものが、まだまだ世の中にはあると私は思っているんですが、それについて小泉さんはどう思っていらっしゃいますか。

本当に「クソくらえ」と思っています(笑)。

――「クソくらえ」と(笑)。

本当に「クソくらえ」と思っていますよ。でも、こんな小さいところで小さい人間が吠えていても何も変わらないので、だからこそ影響力のある人間になろうと思いましたね。実力をつけて、自分が影響力を発揮できるところまで突きつめないと。いくら言っていても、言ったところで何も変えられないのでは意味がないので。

具体的にどこを目指したい、っていうゴールがあるわけではないんですが、社会に出て働く人間の一人としては、影響力を発揮できるところまでは、できる限り追求したいと思っています。

あとは今日のここのポジションに来るまで、自分一人でこうなれたわけではなく、支えてくれた人とか、期待してくれた人がいるわけです。だから、そういう方々の気持ちを裏切る行為だけはしたくない、という思いもあります。

力足らずだった時も、裏で支えてくれていた人たちとか、フォローしてくれていた人が間違いなくいると思うんですよ。小泉にそういうことをして良かった、と思ってもらえるものを、かたちとして示せない人間にはなりたくないから、自分の中で納得するまではやりきりたいと思っています。正直、その納得できるところっていうのがどこかはまだわからないんですけど、少なくとも私は自分で「まだまだやれる」と思っています。

■妊娠・出産もすべて含めて、ビジネスに結びつけて、いい結果にもっていきたい

――6月に出産を控えていらっしゃるとお伺いしたんですが、多分、社内の人も社外の人も、小泉さんの今後のキャリアに興味があると思うんです。それこそ女性の関係者の多くが、「社長が出産を控えていて、どうなるんだろう」って、いろんな期待や思いがあって見ていらっしゃると思うんですね。その辺については、ご自身ではどのように認識していらっしゃいますか。

もの珍しく見てほしいなと思いますね。社長が出てきて、「妊婦です」なんて、なかなかないじゃないですか。

――なかなかないと思います(笑)。

よく一般的に、「子どもを産むのもタイミング、自然に任せればよし」みたいな意見もあるじゃないですか。でも、そういうタイミングって、「自然」っていうよりも、自分で無意識にも考えているところがあると思うんですよね。私も今、子どもを授かったわけですけど、同じタイミングで、会社もいろんなエンジンをかけている状況でもあって。毎日、やることと考えることがいっぱいある中で、正直を言えば、「もうすぐ出産」っていう感覚があるようで全然ないんです。自分ごとのはずなのに、リアリティがない。お腹は毎日のように大きくなっていくんですけど、「私、本当に産むのかなぁ」って(笑)。

――今、4月の終わりで、6月には出産予定なのに!(笑)

本当に、そう思いますよ。「私、子どもを産んで、どうやって働くのかな」とか。でも、会社は止まってくれないですし、自分の都合で何かをシャットダウンできるわけでもない。手探りで進むしかなくて、お手本もいない。でも、私はきっと自分なりにお手本を見つけるのかな、って思うんですよね。「だって私、今までもそうやってきたじゃん!」って、自分がもう一人の自分を支えてくれている感じです。

私は、誰かに話を聞いて解決するっていうことがほとんどないので、「自分でやるしかないよね」みたいな。特に出産は男性にはできないことなので、それこそ、「私、ここでひとふんばりして頑張ったら、一人の先輩女性として語れること、話せることが増えるのかな」みたいな心境というか。「開き直って」と言ったら変ですけど、この妊娠時期のことすらもすべて、「いい感じにもっていってやろう」っていう感じですね。

どうなるかわからないですけどね、本当に。産んだことないですからね。もちろん、今はネット社会なので、調べればいろいろ出てきますけど。

――でも、ネットに出てくるのは他人の出産の事例であって、産むのは自分で、産まれてくるのは自分の子どもですからね。

そうなんです。やっぱり他の人は他の人だし、私は私だし。こういう時期って何を調べても、「リラックスすることが大事。ストレスかけるな」しか出てこないので、「そんなのわかってるよ」と思って。

――そうですよね(笑)。

でもまぁ、こんな私の子なので、「きっとこれくらいのストレスは耐えられるだろうな」って思って、そんな気持ちで一応、毎日子どもとも向き合っています。

■「お金がないと、守りたい人を守れない」。若い頃から、そんな現実的な感覚があった

――ちょっと違う切り口から、またお話を伺いたいと思います。小泉さんにとって、お金の心配がなくなったのっていつ頃ですか。

最近……ですかね。「私、心に余裕がある」と思えたのは、最近かもしれないです。なんだかんだで、お金の問題はつきまとっていたんですよね。

私が生きていくのに必死だった頃は姉が家を経済的に支援してくれていたんです。その姉が結婚して出産したのが、7~8年くらい前のことだと思うんですけども、そこからは「自分の家族の大黒柱は私なんだ」って勝手に思っていたんですね。きょうだいも5人いて、一番下はまだ小学生とか中学生とかだったと思います。

――義務教育期間だったわけですね。

そうです、義務教育期間です。だから、「まだまだ、これからお金もかかるだろうな」とか考えていましたね。その頃は、父も体調を崩して働けない時期もありましたし、母親も家のことでいっぱいいっぱいだったので、支援しなくちゃいけなかった時期でもあって。

借金の返済だけはすごいんですよ(笑)。普通なら、「自己破産したら全部きれいさっぱりしました。終わり!」っていう感覚だと思うんですけど、全然そんなことはなくて。父は父で、できないなりにまた何か新しいことを始めようとしちゃって、気づいたら「あれ? また借金?」みたいなこともありました(笑)。

私も当時、20代前半でしたけど、例えば月に30万円稼げたら、十分に嬉しいじゃないですか。21歳とか22歳とかで、それだけ稼げたら純粋に嬉しい。でも、一人暮らしをしている部屋の家賃とか、いろいろと費用はかかるわけです。その中で、とにかく自分のことを我慢して、ちょっとでも毎月貯金をして、まとまったお金ができたら、それを親に渡す、っていうことをずっとやってきたんですね。だから、頑張っても、頑張っても、“貧乏感”は抜けなかったです(笑)。

父親も変に挑戦心が強い人だったんですね。でも、「何かをやるためにお金が必要だ」って言っても、自己破産していると、お金を借りることができないんですよ。「もうどこからも借りられない」と言うので、最終的には娘の私が援助しないといけないっていう状態が、ずっと続いていたんですね。

そんな中で、弟たちの学費もとても親が払える状態ではなかった。だから、2人の弟の学費は私が払いました。

――素敵、かつすごいお姉さんがいらして、弟さんたちは恵まれていましたね!

大きくなったら返してもらおうと思っていますけど(笑)。

――なるほど!

まぁ、それは冗談で。私は、「お金の切れ目は縁の切れ目」って思っているので。

一応、弟にも「ちゃんと返すんだよ」とは言いますけど、私は1円も返してもらったことはないんですね。それは自分の中で「出す=あげる」っていう感覚があるので。なんか嫌じゃないですか。もしこれが「貸す」っていう思いで貸すなら、ちゃんと返してもらわないと嫌なんですね。親であろうと身内であろうと、疑心暗鬼になってしまうことが嫌なので。

――そうですよね。自分の気持ちのスタンスはすごく大事だと思います。

そういう環境にいたので、「お金がないと、守りたい人を守れない」っていう、現実的な感覚が若い頃からあったんです。だからこそ、仕事でどれだけ大変なことや嫌なことがあっても、自分を追い込んで、仕事を続けてこられたのかな、と思います。やらなきゃいけない理由が、もちろん会社の中にもありますし、自分自身にも強く、たくさんあったので、「仕事、嫌だな」とか、「もう辞めちゃおうかな」とか、そういう風に思ったことは全くなかったですね。

――そういう次元でもないですよね。

そうですね。「家族を養うっていうのはこんな感じなんだな」ってずっと思いながら20代を生きていたので、それに比べると今は、自分も少しゆとりが出ましたね。きょうだいもみんな成長してくれましたし、みんながそれぞれにちゃんと自立して稼げるようになってきましたから……、やっと「あぁ、これでもう大丈夫かな」みたいな感覚になれましたね(笑)。

――当時は、こういう家族の事情とか、お金の話とかを、社内ではしていましたか?

社内ではどんどん後輩が増えてきて、それこそ先輩として営業の仕事の魅力を伝えていかなきゃいけない立場になっていたんです。だから、そういう話も特にしたことはないですね。なんだろう……、私が貧乏っぽいことをしていたら夢がないじゃないですか。だからと言って別に派手なことはしなかったですけど、あまり話してはいなかったですね。

■身につけているブランドものはほぼ全部、社員のみんながくれたもの。自分で買うことはなかなかない

――小泉さんは、ご自身で稼いだお金について、自分に費やすとしたら何に費やすんですか。

私は“家”ですかね。

――家なんですね。

インテリアとか。もともと昔からモデルハウスを見たり、ドラマを見たりして、憧れがあったんですよね。「こんな家、こんな部屋に住めたらいいな」っていう思いは小さい頃からあったんです。

だから、贅沢はできないんですけど、自分へのちょっとした贅沢として、自分の住みたいところに住んでみたり、ちょっとずつ部屋を広くしていったり、好きな家具に変えてみたり……。超微々たるものなんですけれども、そういうのにお金を使えるのは嬉しいですね。

――ブランドものとかはどうですか? 興味はないですか?

今、している時計は24歳に買ったロレックスなんですけど。これが自分で買った中では一番高い買い物でした。これを買っただけで奇跡だと思いました。

あとは……。私、ブランドものを自分で買っているように見られがちなんですが、実は身につけているものはほぼ全部、社員のみんながくれたものなんですよね。そういうものを大事に大事に使っているタイプです。

――素敵!

「バッグごときになんでこんなにするの?」って思っちゃうんですよ。そんなお金があったら、他に使いたいことがいっぱいあるので、「バッグでこの値段は、高いよ! 高い!」みたいな感じ(笑)。

仮に今、私と同じ金額を稼いでいらっしゃる女性の方と比較することがあったら、多分、そういう方のお金の感覚と私のお金の感覚は違うかもしれない。本当に本当に安心できるお金や資産が持てるまでは、この感覚は抜けないんじゃないかな、と思いますね。「無駄遣いしちゃダメだ」って。

でも、人との付き合いのように、使うべきところと時に使えない自分は嫌なんですね。そういう時にはバシッと出したい、と思います。それも余裕がなかったらできないことなので、そういうことは常に考えているかもしれないです。

――ちょっと私の話になっちゃうんですけど、この10年くらいの間に、貧乏になった時期があったんですね。その当時、結婚式に呼ばれるのが一番心苦しくて。ご祝儀の3万円っていう額がもう銀行にない。でもお祝いはしたい。その時、“3万円”っていうわかりやすい数字目標ができて、その金額を常に出せるくらいには生活を立て直さなきゃいけない、と思ったんですね。すみません、小泉さんのお話を聞いて、思い出しました。

私も20代は、結婚式は行かなかったです(笑)。もちろん、「仕事を抜けられない」っていう感覚が8割なんですけど、どこか2割は「そんなお金を出している余裕がない」と思っていたかもしれないですね。

人の結婚式とか行きだしたのも、数年前くらいからだと思います。会社の人たちとつるむことが多かったので、部下の結婚式に出ることが多いですが、昔からの友だちが結婚する頃には、多少、お金にも余裕があって、式に出られるようになったのは、良かったな、って思いますよね。

――20代前半は、とてもそんな余裕はなかった?

20代前半の頃は、「冠婚葬祭で会社を休む」っていうことすら、わからなかったですね。

――仕事もお忙しいし、経済的にもゆとりもまだないし。

そうでしたね。

金銭感覚面でいえば、例えばコンビニに入って、10円高い・高くないでペットボトルを選んで買う生活を抜け出せたのはよかったな、って思います。

――あぁ、その感覚、とてもよくわかります!(笑)

■伝えたいことは、「会社の中で一生付き合っていける仲間や友人をつくってほしい」ということ

――小泉さんにとって、会社って、どういう場ですか? そして、そこにいるメンバーや社員って、どういう存在ですか?

私がよく言うのは、「私はこの会社のメンバーを家族のように思っています」ということですかね。あとは、「会社の中で、一生付き合っていける仲間や友人をつくってほしいです」っていう思いもあります。これもよく言っている、かな。

そういう人と人とのつながりをつくるには、コミュニティが必要ですよね。私にとっては、「そのコミュニティの場が、この会社です」っていう感じです。だから、みんなにもこのコミュニティの中で、仕事を通じて切磋琢磨してほしいですし、社会の良さも厳しさも、頑張る意味も全部、ここでつくってほしい、見つけてほしい、とも思っています。そういったものを今まで見出せなかった人はこのエフエルシーで見出してほしいし、今までにもそういう経験がある人はさらにここでそれを広げてほしい。できれば、次は、それを誰か別のメンバーに体感させてあげられる側にまわってほしい。そんなことを考えています。

――素敵ですね。

あとは……、私は年を重ねた時に、みんなで笑ってお酒を飲めるような人がメンバーとして欲しいなと思います。学生の頃の友達と、仕事で一緒に泣いたり笑ったりした仲間とは“充実感”みたいなものが全然違うと思うんですよね。だから、そうやっておじいちゃん・おばあちゃんになった時に、一緒にお酒を飲むっていうのを私は実現したいです。そう思って、私は人と向き合ってきています。

そう考えると、相手が年上だろうが年下だろうが関係ないと思うんです。だって、みんなが50歳、60歳になったら、きっとあんまり変わらないじゃないですか(笑)。

――そうですね(笑)。

「一緒にいて楽しい」「一緒に仕事をして楽しい」と思える人をいっぱいつくってほしいな、と思いますね。
その過程にはちゃんとお給料ももらって、ちゃんと自分が買いたいものを買って。そういうことをしながら、お金では買えないものも、ちゃんと平行してつくっていってね、っていう感じですね。

中途半端に付き合っていると人間関係ってつくれないと思うんです。だからこそ、隣にいる人、上にいる人、下にいる人を大事にしてね、と思いますね。人を大事にしている人には人が集まりますし、少なくても、私はそういう意識をもって、この会社にいます。

■「今、私は、どんな“小泉まり”でいることがいいんだろう」みたいなことと真剣に向き合ってきた

――ちょっと変な訊き方をしますね。スピリチュアルな話ではないんですけど、小泉さんって、もう一人の小泉さんが肩の上にいますか?

もう一人の私、ですか?

――部下が夢を見ることができなくなっちゃったら嫌だから、家庭の事情を話さなかったり。「ここにいる私が言っていても何も変わらないだろうから、まずは影響力を持とう。持たなくちゃ」と自分に誓ったり。すごく冷静にご自身の置かれている状況を見て、その中で、ご自身に「こうしなさいよ」とか、「こうしてみたら」とか、そういった自分への囁き声みたいなものがあるのかなと思って。それを私は「もう一人の自分」って表現することが多いんですけど(笑)。

そうですね、そういう意味では、いると思います。

――昔からいましたか?

結構、昔からいるかもしれませんね。勝手に使命感をもっちゃうタイプかもしれないです。例えば、本当は何かがあってすごく悲しい、その悲しみを個人の小泉まりは、ちゃんと感じたい。でも、みんなといるんだから、そういう感じは出さずに、みんなが思う「小泉まり」でいたい。別に、「そう振る舞わなくちゃいけない」っていうわけではなく、私が、そういう自分でいたい。

――置かれた環境の中での、“小泉まり”っていう役割を果たす、というか。全うする、というか。

そうです。それは日々の現場でトレーニングされたんだと思うんですね。だって新人さんの前で私が不安そうな顔していたら、新人さんも不安になりますし。私が余裕そうな雰囲気をだしていたら、「大丈夫なんだろうな」と思うでしょうし。そうやって毎日毎日いろんな人といる中で、その時その時で、「今、私は、どういう自分でいることがいいんだろうか」「どういう自分なら、そこにいる人たちのためになるんだろうか」みたいなことと真剣に向き合ってきたんですね。

当時はそれが意識的だったかもしれませんけど、今はもう無意識にそういうことをやっているかもしれませんね。

――そんな“小泉まり”を脱ぐ瞬間はありますか? 俗にいう“素の自分”になる瞬間、は。

家で一人で、抜け殻のようになっている私もいます。でも……、あまり好きじゃないんですよね、抜け殻になっている私は。「動けない」とか思っている自分は、多分好きじゃないんです。

私ははつらつとしていたいし、スイッチが入っている自分の方が好きなんだと思います。それが理想の自分の姿だと思うので、今、こうしてインタビューを受けているのも私ですし、もう一人の部屋で抜け殻になっているのも私なんですけど、多分、自分が好きなのは、こうして人に会って、お話しをしている、こっちの“小泉まり”ですね。

――うわぁ、やっぱり素敵ですね! 先ほど、女社長として出産を控えていらっしゃる中で、「それさえも面白がってもらえたらいい」っていう発言から、私、そうなんじゃないかなと思ったんですけど。何か気をつけていらっしゃることはありますか?

気をつけている点……、当たり前なんですけど、自分がやられてしまっては意味がないので、バランスを自分で保っていますね。よく「頑張りすぎちゃって心が折れちゃう」っていう話を聞くんですけど、一番やってはいけないポジションにいると思うんですよ。なので、そうならない自分づくりをすごく意識してやっています。

■上司の立場なら、周りにいい影響を与えない行動や立ち居振る舞いはしない。それは自分でコントロールするのが当たり前

――コツはあるんですか。

コツは……、最近なんだろうな。いつからかは忘れましたけど、「私、絶対にそうならない自信があるんだよね」っていうのを、あえて強気に言うようになりましたね。

――「心が折れるなんて、そんな風にはならない自信がある」と。それを言っちゃうんですか?

言っちゃいますね(笑)。

それこそ、本当に苦しい時を耐え抜いてきた経験が自信になっているのも事実で。「私、あの時だって、普通の人なら心が折れてもいいくらいの状況だったけど、ちゃんと立ち上がれたじゃん!」みたいな。「だから、今直面している問題についても、私は大丈夫」って自分で自分に言い聞かせるっていうのは、ありますね。

――すごいなぁ!

「きっと今、本当に、超辛い。超辛いけど、寝て起きて、明日になっていたら、絶対大丈夫!」とか。「寝て起きたら私は忘れられる。記憶から抹消できるから大丈夫!」とか。

「3日間も記憶が抹消できていないってことは、ちょっと気をつけないといけないかな」とか、「脳裏に焼きついている具合が、いつもより1日長いな」とか。そうやって自己分析していますね。

ベースの部分では、「どれだけ引っ張っても1週間」って決めていたりとか。

――そういう自分の中のルールがあるんですね。

そうです。その中で、常に「冷静に、冷静に」って思っていますね。

特に女性って「感情で生きるもの」って思われがちだし、私自身も感情をもっている人間ですけど、「それに振り回されたら女はなめられる」みたいな思いもあって。「なめられたくない!」みたいな(笑)。

特に「男の人からそう思われたくない」っていう、またそこに負けん気があるんですよね。だから、一回、一人きりになって処理をする。それでも処理できない時は、一人でトイレで泣く、とか。そういうデトックスをバーンってして、落ち着いたらいつもの業務に戻る。そういうことをやっていますね。

――多分、周りの人は気づかないでしょうね。わからないんでしょうね。

わかってほしくないんですよね。

――そういう側面は表に出さないでしょうから。

それはちょっと出したくないですね。表に出したくないし、そんな姿を見せても何にも得しないじゃないですか。周りに何もいい影響がないと思うんです。「いい影響を与えないことをやる上司って……、どうなの?」って思っちゃうので、そういう行動や立ち居振る舞いをコントロールすることは、当たり前中の当たり前と思っていますね。

――世の中の“上司たち”に聞かせたいですね(笑)。

■もともとは全部を自分でやりたいタイプ。だけど、会社の発展とともに、異なる働き方を求められることも増えた

――今、どんどんメンバーが増えていく中で、どんなことを考えていらっしゃいますか?

直接こういった話を伝える機会はだんだんと減ってきてしまっているので、そのむずがゆさというか自分が環境に追いついてない感じが、やりきれない瞬間もありますね。

私は、本当は、全部を自分でやりたいタイプの人間なんです。ちょっと前までは、それができていて、もう「全部やろう」という感覚で仕事をしていたんです。でも、今は、いろんな人のいろんな力を借りないと間に合わない状況になってきて、文字通り、メンバーのみんなに託してやってもらっている感じですね。これはこれで私に対して「成長しろ」っていうことなんだろうなって、そういう節目なんだろうな、って思っています。人を成長させる方法や手法も変えていかなくちゃいけないんだろうな、って。

――何か具体的に、「これまでとは違うフェーズにいるんだな」と感じるエピソードはありますか?

最近、「あぁ、そういうことか」って思うのは、咄嗟に社員の名前が出てこなくなったんですよ。私、この点に関してだけは絶対的に自信があったんです。もともと、人の名前を覚えるのは、得意ではないんです。それでも、社員の名前もあだ名も、基本的に全部わかっていたつもりだったんですが、最近、会社のスピードがどんどん加速していく中で、わからなくなってきた。挨拶してくれた瞬間に、「あれ? 名前、何だったっけ?」っていうことが増えた。

もともと自分の上司に「自分一人で100人のマネジメントができないとだめだ」と言われてきて、それがずっと目安だったんですけど、200人を越えて、「あっ、ちょっと危うくなってきたぞ」って。

――本当に規模が大きくなって会社が発展していくってそういうことなんですね。スピードもそうですし、いろいろと会社の発展のために、お忙しいでしょうしね。

昔は「社員の名前もわからない社長ってダメだな」って思っていたんですけどね(笑)。でも、現実問題、「顔はわかるけど、名前何だっけ?」っていう状態になってしまって。

「もうちょっと記憶力が良かったらいいな」と思うんですけれども、なかなかそうもいかないので、最近では、「記憶力がいい人を周りに置こう」と思いました。「あの人、名前なんだっけ?」「〇〇さんです」「あ、そうだそうだ! ありがとう!」ってなるように(笑)。

――『プラダを着た悪魔』みたいですね(笑)。

■妊婦である最後の瞬間までも、産んでいる瞬間でさえも、責任者として役割を全うしたい

――最後に、これからのお話を伺いたいんですが、産休は取得される予定ですか? 「6月に出産予定」とのことですが、どのくらいお休みを取ろうと考えていらっしゃいます?

そうですね……、ここから、みんなが全力で走る時期に突入するので、その期間中はちょっとオフィスにくるのはやめようかなと思っています。

でも、きっと子どもの具合もあるでしょうし、自分の身体の状況次第……、私の回復が早ければ、そのタイミングで戻ってくればいいのかな、と思っています。

――出産の時はさすがに会社、オフィスを離れると思うんですが、何か社員に置き手紙というか、メッセージはありますか?

うーん……。各部署、各セクションについては、私が一時的に離れている時期でも目標が明確にできあがっているので大丈夫じゃないかなぁ、と。みんなも必死で、一瞬で時が過ぎていくと思っています。だから、心配はあると言えばあるんですけど、もうどれだけみんながそれぞれに頑張らないといけないことを明確に理解して、その時期をちゃんと乗り越えてくれるか、っていうことの方が大事なので。そこはもう任せるしかない、ですね。

これが何年も前だったらまた全然状況が違いましたけど、今はもう、うちの社員のみんなに対して「たくましい」と思っているので、「各セクションのミッションを絶対に達成しよう!」っていう言葉しかないですね。

――心強いですね。信頼されている気持ちがわかります。

そうですよね、心強い。あとは細々とした物理的な問題は、それがいろいろと出てきた時に、その都度、解消するしかないと思うんですよね。今の内に考えられることは考えますけど、考えられないことは考えてもしょうがないか、と思っていますね。

――そうですよね。

そう思わないとやっていられないですよね(笑)。

――そうですね(笑)。きっと「そんなこと考える暇ないよ」ってくらいやることあるでしょうしね。

あとは「信じる」「信じない」とか、「任せる」「任せない」とかを変なとり方で、私自身が勘違いしないように、妊婦である最後の瞬間までも、産んでいる瞬間でさえも、責任者として役割を全うしたいと思います(笑)。

――やっぱり女性は強い(笑)。

そうですね。私も産んだらもっと強くなれるのかなとちょっと期待していますけどね。

なんか、もうちょっと腹座りそうですよね(笑)。

――(笑)。

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