• 那須川誠

受け身では何も始まらない。自分から積極的にいかないと

今回は、ご自身でビジネスをなさっている那須川誠さんにお話をお伺いしました。中国で幼少期を過ごし、帰国後もインターナショナルスクールで学び、大学時代はアメリカの学校に進学し、「日本の教育をほとんど受けたことがない」とおっしゃる那須川さんの、世の中の見方、ビジネスの捉え方は実にシンプルです。「やりたいことをやればいい」、「自分の人生は自分で責任をもって、選択肢を選んでいけばいい」。そう語る那須川さんに今後、展開していきたい事業について、そして自身のキャリアに影響を与えた、尊敬する人物についても語っていただきました。

インタビュー実施日:2018年3月17日(らしくインタビュアー渡辺)

目次

■在庫不要で人件費もかからない「営業代行」は、社員一人でもできるビジネス

――まずは那須川さんのお仕事についてお聞かせいただけますか?

今、弊社がメインにやっているのは営業代行の事業です。パートナー企業のECサイトを運営したり、誰が扱っても売りやすい仕組みを作って一緒に売ったりするなど、パートナーの営業活動を支援しています。あらゆる商材を扱ってはいますが、社員は自分一人しかいないので、自分で販路を見つけ、営業しています。

――社会人であればイメージがつきやすいと思うんですけど、学生には「営業代行って?」って感じだと思うんです。クライアント企業が「モノを売りたい」「サービスを売りたい」となった時に、そこの会社の営業さんだけでなく、那須川さんの会社が代わりに売るお手伝いをする、という認識でよろしいですか?

はい。

――どんな商品やサービスを代行することが多いのでしょうか?

今主流なのはWEBそのものですね。HPを作って、その流れでECサイトを開設させて、かつSNSで拡散する。さらにSNSからECに繋ぎ、そこからリピーターにしていく仕組みをWEB上でも作っています。

――「モノが売れるサイクル」はそうやって生まれるんですね。今このインタビューサイトを見ている学生さんたちも、知らないうちにそういったサービスを使っていたり、WEB上のCMを見ていたりする可能性はあるんでしょうか?

あると思います。ECサイトは徐々に広がりつつありますからね。HP制作に関しては、自社でサービスを開発せずに他社のサービスを代行販売しています。代行なら在庫が不要で人件費もかからないので、そういったところを強めにやっている点が弊社の強みであり、一人でもビジネスとしてやっていけるポイントだと思います。

――今の会社は元々一人で立ち上げられたんですか?

はい。他にも、父と立ち上げたNASという会社がありますが、そこは父がメインでやっているので私は名前貸しをしているだけのような形です。

――ご自身の事業としてはSEAPという会社がメイン、と。

そうです。

■元々は「スポーツビジネス」をやるために会社を立ち上げた

――元々、WEBやECサイトの運営、営業代行などを仕事としたいと思って起業なさったんですか?

いえ、実はそれらをメインにしようと思っていたわけではなく、元々やりたかったのはスポーツに関するビジネスでした。アメリカでスポーツビジネスについて学び、いくつかのアメリカのスポーツチームからインターンとしてオファーをもらいました。その中で最終面接まで進んだのが、メジャーリーグのオークランド・アスレチックス。ちょうど松井秀喜選手が入団した年でした。

しかし、ビザの問題で帰国しないといけない状況になり、アスレチックスから日本の企業を紹介してもらいました。主にスポーツマーケティングをやっている会社でしたが、ディズニーのライセンスも持っていたので、日本のプロ野球やJリーグとコラボしたグッズを開発していました。そこに1年間勤めた後、Jリーグのサッカーチームからお声がかかり、元々スポーツチームで働きたかったので速攻転職したんですね。そこに1年間いて、さらに別のスポーツジムで経験を積んだ後、自分でスポーツビジネスをやりたいと思って独立しました。

――スポーツビジネスをやるために立ち上げた会社なんですね。それがなぜ営業代行やWEBになったんでしょう?

起業当時はまだまだスポーツの世界に人脈も経験もなかったんですけど、いろいろトライしていく中で、「代行でチケットセールスをやってみないか?」と誘われ、浦和レッズの営業代行をやりました。その時に初めて、「営業代行」という仕事があることを知りました。自分で在庫を抱えずに、代わりに商品やサービスを売るというやり方を知って、「では、それで何が売りやすいか」を考えた時に、「営業代行としてWEBを売らないか?」という話が同時期に来たんですね。「じゃ売ってみます」と。売りやすかったんです、HPが。

■日本では、スポーツを「ビジネスにする」という発想が少ない

――私はスポーツに疎いんですが、いわゆる「スポーツビジネス」にはどういった仕事があるんでしょうか?

まず浮かぶのは、スポーツチーム内で展開されるあらゆるビジネスだと思います。試合の運営やスポンサー営業、地域での活動やボランティア活動といった一連のビジネスがありますが、それ以外にもセールス部門やオペレーション部門、また選手の育成やマネジメントに携わるビジネスが切り分けて展開されています。

他にも、例えばナイキやアディダスといったメーカーさんも、スポーツ商材を扱い、かつマーケティングでグッズを売り、スポンサー活動もしている。それもまた、スポーツビジネスですよね。

――なるほど。日本でのスポーツビジネスの現状はどうなんでしょうか?

日本はスポーツに関して「ビジネス思考」と言うか、「スポーツをビジネスにする」という発想がまだまだ少ないのかな、と思います。僕が学生だった17、8年前は、日本にはスポーツビジネスというものはほとんどなくて、当然教えている大学もなく、専門学校がちょこっとあるくらいでした。

――確かに、私が10年前に就活していた時も、スポーツ好きな友達が「スポーツを仕事にしたい」と考えたらメーカー企業が数社くらいしかなくて、あとは普通に商社とかを受けていたイメージがあります。

アメリカではスポーツビジネスはすごくエンターテイメント性があって華やかな世界なんですよ。だから、インターンをやりたいと言う学生も多いですけどね。

■アメリカには「応援する文化」が根付いている。日本人は勝ち負けにこだわりすぎる

――日本と違って、アメリカはスポーツに関する多様な仕事があるんだろうなというのは想像できます。スーパーボウルとかもすごいじゃないですか。スポーツに関心ない人でも「ハーフタイムショーにビヨンセが出るなら見る」ってなるし、そこに商業としてのCMが流れてお金がどんどん動いて。あれは本当にエンターテイメントの世界ですよね。

スポーツにおいて、何にお金が生まれるかと言うと、実は「放映権」なんです。アメリカにはメジャーリーグという主流なスポーツがあり、NBCとかCNNといったスポーツチャンネルがその放映権を買って試合を流し続けています。すると、チームに放映権料やスポンサー料が入り、選手も莫大な年俸を得られる。でも、日本ではそんなに放映されていないし、普段から試合を見に行きもしない。スポーツがそんなに盛り上がっている感がないんですよね。

――言われてみればそうかもしれないですね。私、10歳から13歳の頃、ミシガン州に住んでいたんです。全く興味なかったんですけど、友達に誘われてアイスホッケーの試合を見に行きました。何千人、もしかしたら何万人という規模の大きなスタジアムで、地元のファンがやたらと騒いでいたのを覚えているんですよね。それに学校だと、クラスで人気のあるやつは大抵バスケやっていて、試合になるとかわいい女の子がチアリーダーで応援して、全校で盛り上がるみたいなのがあったんですけど、日本だとそれに近いのは甲子園くらいしか思いつかないですよね。

アメリカは、チアリーディング自体が一種のスポーツとして、また応援する文化としてすごく発展していますよね。日本はどちらかというと、勝負に対しての精神論と言いますか、そこが強すぎて、勝ち負けだけで判断しちゃうんです。もちろん大事な部分ではあると思いますが、「そのチームが好きだから試合を見に行く」という観点がないんです。例えばJリーグだと、J1にいたチームがJ2に下がっても応援し続けるという文化がないから、降格すると観客数が減り、メジャーな選手もいなくなって、J2に居続ける…。それが続いたら財政破綻です。

――夢がなくなりますよね(苦笑)。

はい。スポーツって、J1に上がったらまたファンが戻るとか、そもそもそういうものではないと僕は考えています。

■アメリカからの帰国子女たちのフレンドリーさが気になり、留学を決意。そこでスポーツビジネスに出会った

――先ほどアメリカでスポーツビジネスを学んだとおっしゃっていましたが、アメリカにはどのくらいの期間いらっしゃっていたんですか?

4年間です。アメリカの大学を卒業しました。

――アメリカに留学されたのは、何が目的だったんでしょう?

 

小学校の時、父の仕事の関係で北京に住んでいたんです。日本に帰国した後はインターナショナルスクールに入りました。そこでは生徒の8~9割がアメリカからの帰国子女だったんです。僕も幼稚園までしか日本の教育を受けなかったせいか、日本人特有の集団意識みたいな感覚はあまりなく、皆と仲良くなろうとする文化や、いろんな価値観がある社会で育ってきたんですが、アメリカから帰ってきた人たちはもっとフレンドリーさが強くて、「何でだろう?」とずっと思っていたんですよね。

――それで、アメリカに行こうと考えた、と。

アメリカに行って、英語スキルを身につけたいと思ったんですけど、学問として学ぶなら経営学をやりたかったんです。アメリカの大学は、自分の専攻は必須として取りながら、他の授業もいろいろと受けることができたり、専攻も2つ持てたり、とにかく自由なところが良いな、と思って。そこで、単位をいっぱい取ろうと思って面白そうな課目を探していたら、スポーツビジネスというものがあったんです。

周りの日本人がその授業を受けていて楽しそうだったので僕も受けてみたら、楽しくて。僕がスポーツの世界に行こうと思うきっかけになったのはそれだったと思います。

■「売れる仕組み」を考えるのが好き。スポーツチームでは、スポンサーを獲得することよりも観客数を増やす仕組み作りを考えていた

――大学でスポーツビジネスを学び、スポーツチームに行けると思っていたのに、ビザの関係で日本に帰ってこなきゃならなくなった時はさぞ悔しかったでしょうね。その時にはもう国内の企業の採用活動は終わっていた?

そうですね。他にツテもなく、アスレチックに紹介してもらったところに行くしかありませんでした。でも業務内容はすごく面白くて、マーチャンダイジングとか商品企画とか、そういった仕事をその会社で初めて知りました。ライセンスがあれば、商品が1個売れるたびにライセンス料が入ってくる。だったら1個を売るための仕組みや仕掛けを作って、それを導入させることができれば、商品が売れる。商品が売れれば売れるほど儲かるんだな、と。そんなことを考えたんですね。

――その会社ではディズニーのライセンスを持っていて、プロ野球やJリーグとコラボしたグッズを作っていたんですよね。

ディズニーやプロ野球といった名の知れたものの商品が売れるのは当然なんです。だからこそ、それよりも、どうやってプロモーションするかを考えるのが好きでした。売れる商品をどう売るかを考えるのは楽ですが、売れない商品の売り方を考えるのは大変なんですよね。だったら、先に「売れる商品」を考え、そのライセンスを取ったうえで営業する。仕組みを導入して、商品が売れたら、1つのアイテムだけでは足りなくなるので、いろんなものを付け足してさらにビジネスを拡大していく。それを考えるのが面白かったです。

――初めから売れると分かっている商品を売ればいいって、当たり前のことなのに皆意外と気づいていないかもしれないですね。そういう本質的なことを見抜くのが元々得意なんですか?

いや、得意と言うよりは、考えるのが好きなんです。

スポーツチームにいた時も、チーム経営の基盤を作るうえでは、大手のスポンサーを取ってくるよりも、まずは地域活動を通じて一人ひとりのファンを作り、試合に来てもらうことが大切。そこでグッズを販売してお金を落としてもらう。さらにリピーターになってもらえれば、このサイクルが循環していくので、そのための仕組みを考えていました。

いくら大きいスポンサー契約を取っても、あまりメリットを提供できないと単年で契約が終わってしまう可能性が大きい。でも、地域の一人ひとりがファンになってくれれば、その子供たちもまたファンになってくれる。J1だろうがJ2だろうが、その地域にチームがあるから試合を見に行く、という流れを作れば、集客数や観客数の心配などいらなくなるんです。スポンサーにとっては観客数が絶対なので、「最低でも1万人は絶対来る」という前提で営業した方がスポンサーも取りやすくなりますよね。

■「人がやっているから」じゃなく、自分が経験した中で「これをやりたい」というものを、今の学生たちもどんどん見つけてほしい

――素朴な疑問なんですが、日本のスポーツビジネスは、どうしてアメリカのように盛り上がらないんでしょうか。

日本という小さい島国の中で、東京に人が集中し、かつチームも集約されてしまっているからだと思います。巨人とヤクルトという2つのプロ野球チームがある他に、サッカーやバスケのチームもある。かつ、東京という地域の中に娯楽はスポーツだけじゃないんですよね。ディズニーランドもあれば、水族館も、カラオケも、シネコンもある。娯楽という意味ではすべてがライバルなんです。だから、「週末何して過ごす?」って考える時に、「サッカーやろう」とか、「スポーツ見に行こう」ってなかなかならないんですよね。

――なるほど。スポーツも、エンターテイメントの中の「ワン・オブ・ゼム」になっちゃうんですね。

アメリカは広い州の中にスポーツチームが1つしかないんです。ヤンキースファンだったらニューヨークまで見に行く人もいるかもしれないけど、普通の人は地元までが限界。でも、そもそも地元愛がすごく強いから、皆、地元のチームを応援するんですよね。皆が地元チームの試合を見に行けば、地元にお金が落ちて、その州の経済力も上がるんです。

――日本は東京に何でも集中してしまっていますが、アメリカだとL.A.とかニューヨークとか、経済力のある都市がいくつもありますもんね。

そこを捉えると、今後絶対的に必要なものはWEBやEC、通販です。アメリカや中国は広いから、通販とかネットショップがないと流通が起きない。だからアマゾンとかイーベイ(eBay)とかが発達して、どんどん流通が生まれていきます。その結果、店舗はどんどん潰れていく時代となったのに、日本はこの時代の流れに全然追いつけていないんですよ。海外では携帯電話で支払いなんて当たり前なのに、日本はまだまだキャッシュだし。徐々にそうなりつつありますけど、まだ遅いと思います。

――そうかもしれませんね。

情報格差と言いますか、日本という島国の中にいると、海外から情報があんまり入ってこないんですよね。皆、もっと海外を見た方がいいと思います。留学した時に身をもって学んだことですが、やはり最先端の技術というものは、海外に行って自分の目で見ないと分からないですからね。

――情報は自分で取りに行け、と。

知っているかいないかで大きく差が出てしまう時代なので、僕は情報をどんどん取り入れるようにしています。営業代行をしているといろんな情報が入ってくるので、自分の目で見て、その中からいいものを取り入れて、売ってみる。そのうえで売りやすいかどうか考えるんです。自分で考えて、自分のやりたいことだけをやる。僕は大学生の時からずっとそうしてきました。

今の学生たちはどうなのか、直接触れ合う時間もないのであまり分からないんですけど。どうですか?

――これは私の私見ですが、今の学生たちって本当はたくさんの選択肢を持っているはずなんです。でも、「大手に行っておいた方が安心」、「知名度の高い会社に行くことがステータス」なんてことを感じて、「とりあえず就活する」以外の選択肢を排除している気がするんです。さらに、その排除していることにすら気づいていない人も多い印象があります。私は、あくまでも個人の意見ですが、今、お話しくださったように、まずは自分で見て経験してみてそこから選んでみる、食べたことがない料理もまずは噛んでみて美味しいかどうか確かめる、みたいな考え方は、これから生きていくうえで大事だと思います。

大学で学べることは限られています。与えられたカリキュラムに則って勉強することは、基盤を作るという意味で価値はあるかもしれないですけど、それをどう活かすかを考えたら絶対「現場」が大事なんですよね。現場での経験に勝るものは他にないですから、いろんなことを自分で経験してみて、自分のやりたいものを選んでいけばいいんだと思います。「他の人がやっているから」ではなくて、自分が経験した中で「これがいい」、「これがやりたい」というのをどんどん見つけてほしいですね。

■これからの時代、自分のアイデンティティがないとどこも受け入れてくれない

――最初の会社で1年働いてみて、また次の会社、っていう節目節目で「声がかかった」っておっしゃっていましたが、どうやったらオファーがかかるものなんでしょうか?

僕はいろんなところにアンテナを張って、自分から積極的に足を運んで、そこで働いている正社員やスタッフの方に話を聞いたりしていました。その世界を知りたいから、自分から飛び込んでいったわけなんです。

――具体的にはどんなことをされていたんでしょう?

例えば、ボランティアとして入り込むことです。ボランティアって、お金はもらえないけど経験は絶対得られるので、まずはやってみようと。僕がJリーグのチームから声がかかったのも、実はその前からボランティアで関わっていたからなんです。

――そうだったんですか!

ボランティアだったらどこでも歓迎されるので、そこに入り込んでからが勝負です。いかに自分を売り込もうかというのは常日頃から考えていました。

――何かあった時に声がかかるように、ということですね?

はい。自分から率先して行動して、手伝うようにしていました。自分でできるようになるためには、周りの人がどうやっているのかを知るのがいいと思い、1つ1つ話を聞いていたんです。その過程で知ったのが「インターン」。表立って募集しているわけでもないので、どうやったらインターンとして入れるのか、社員の人に話を聞きまくったんです。そうやっているうちに、「そんなにやりたいなら面接してあげるよ」と言ってもらえるようになるわけです。

――作戦成功ですね!

そこで何を言うか、事前準備の段階でものすごく考えました。「自分が何をしたいのか」を前提としたうえで、自分がチームにどう貢献できるか、この先自分がどうなりたいかということを伝えないと、相手としてはメリットも感じないし、別にボランティアのままでもいいわけですから。ボランティアとインターンの差がどこにあるか、選考基準はそれぞれあると思うんですけど、そこの会社に入ったうえで、自分はこの先どうなっていって、その会社に自分はどう貢献できるかというイメージを沸かせないと、相手は動かないと思います。

今は「就活に役立つから」と、漠然とインターンをやっている人も多いと思うんですが、僕はそうではなかったです。僕は絶対そこで働きたかった。だから、インターンという機会を獲得してからも、企画を出して通すなどアピールをし続けました。全部受け身だったら何も始まらないんですよね。

――ホントその通りだと思います。何ごとも、受け身ではもったいないですよね。

仕事でも勉強でも、受け身だったら何も入ってこないですよ、結局。その会社を選んだ理由が名前とか、「やっていることが面白そうだから」とかでもいいと思いますが、それを自分ごとと捉えた時、自分がどうなりたいか、未来像がないともったいないと思うんですよね。

会社なんて僕はどこでもいいと思うし、大学も名前で選ぶのは好きじゃないんです。これからの時代、「あなたは何者?」というアイデンティティがないとどこも受け入れてくれない。そういう個々がちゃんと際立っていかないと。会社の名前じゃなくて、「あなたは何ができるんですか?」という問いに答えられる働き方を目指すべきだと思います。

■自分のやりたいことに「思い」があれば、応援してくれる人は必ずいる

――「何かチャンスを掴んだら、モノにするのは自分次第」みたいな考え方は、小さい頃からですか? 中国にいた6年間とか、インターナショナルスクールに通っていたころに鍛えられていったんですか?

中国で通っていた日本人学校は、学年は関係なく、年上だろうが年下だろうが平等という感じで、皆、自分の存在価値をどんどん出していました。出さなきゃいけないというわけではないんですが…。

――出していかないと、周りから気にも留められない、という感じですかね?

そうですね。それから帰国し、インターナショナルスクールに入学したんですが、同時に地元の野球チームにも入ったんです。このギャップがすごすぎました!(笑) インターナショナルスクールでは自由にやっていたのに、野球チームは典型的な日本社会で、上下関係が大事、とか言われて…。僕、敬語をあまり使ったことなかったんですけど、「先輩!」とか言わないと一員じゃない、みたいな。

――インターナショナルスクールの自由さと日本の野球チームって、まさに両極端ですよね。とても面白い経験をなさったんじゃないかと思います。

日本のチームがすごく居づらくても、入った以上は辞めたくなかったから、3年間、所属はしていました。そこである意味、日本の文化に触れられたと言うか、いい経験ができましたね。でも、先輩を敬うのは当然ですけど、やっぱり上下関係は重要ではないと思うんです。

社会人になって24歳くらいの時からビジネス交流会に足を運び、社長とかすごい人たちがいる中に入り込み、年上の人たちと親しくなりました。肩書が関係ないわけではないですけど、「社長だから仲良くなりたい」というよりも、その人のことを知りたいから近づき、仲良くなってみたら、たまたま相手が社長だったんですよね。今でもかわいがってくださる方は年上ばかりです。

――素敵です。建前ばかりでなく、「自分」を出すことで、意外と年上の人はかわいがってくれますよね。

自分のやりたいことに「思い」があれば、協力してくれる人や応援してくれる人が絶対にいます。日本って、夢とか自分のやりたいことが言いにくい文化で、周りと違うといじめられたりするのかもしれませんが、僕は絶対に言った方がいいと思います。語った方がいいです。

――最近学生と話していて感じるんですが、就活中に「自分が何したいか」を初めて聞かれ、答えられない学生がとても多い。「別に、特にないです」なんて、私からすると信じられないんですが、日本の学校ではあまり聞かれたことがなかったのかなって。先ほどお伝えしたとおり、10歳から13歳の頃、アメリカの現地の学校に通っていたんですが、そこでは「あなたは何がしたいの?」ばかり聞かれるんですね。「外国語の授業では、スペイン語かフランス語か日本語かを選べます。あなたは、どれにしますか?」って訊かれるし、「5時間目は、家庭科か技術科かどちらかを選んでください」って言われるんです。「音楽は、オーケストラか合唱か、どちらがいい?」とか。自分で選んで、「これがしたい」って言わないと何も始まらないんだな、と学びました。

はい。わかります。

――日本では選択肢が少ないですよね。「あなたは、どっちが好きなの?」なんて聞かれません。給食も同じメニューを皆で好き嫌いなく食べることが求められます。それで社会に出ようとする時に初めて、「あなたは何がしたいんですか?」と尋ねられても答えられないですよね。しかも、それを考える就活期間が半年くらいで、これまたよく分からないまま社会に出てしまうのが、この国のもったいない部分だと思います。学歴やスキルに捉われず、もっと自由に動いて、発言して、手を挙げれば挙げるほど、応援してくださる方がどこかにいるはずなので、日本ももっとそういう国になったらいいのにな、と思います。

そうですね。そもそも日本の教育がそうなんですよね。僕は別に教育者でも政治家でもないのであまり強く言えませんが、「終身雇用だから、1つの会社で這い上がれ」、「いい会社に行けるから、いい大学に入っておけ」という考え方って、親のエゴだと思います。僕も父にそう言われた時期もありましたが、反対し続けました。そして、「僕はやりたいことをやりたいし、いろんな世界を見たい」という考えを受け入れてもらいました。でも、親にそのようなマインドとか発想とかがなければ、その親から生まれた子もそういう枠の中に捉われてしまう。僕がいくら「海外いいよ」って言っても、海外に行ったことない人には何がいいのか分からないですよね。実際に見せるしかない、行かせるしかないんです。

■父は家族であると同時に、尊敬するビジネスマン

――初めは自由にやることをお父さまに反対されていた、とのことですが、那須川さんにとってお父さまはどんな存在だったんでしょうか?

「父の働き方を見ていたんだな」と、今になってすごく感じます。父はいわゆる商社マンだったので、いつも家にはいなかったんですね。でも、父について海外に一緒に行かせてもらい、いろんな世界を見させてもらいました。憧れの人が誰かと聞かれたら、「父」と答えますね。その背中を見て育ってきて、今も背中を追っていますから。

――なるほど。かなり大きな存在だったんですね。

父の教育を受けた覚えはないんですが、要所要所、大事な時に現れては、僕のやりたいことに反対してくるんですよ。そのくせ父は、いい大学とか会社とか、僕に指図するような生き方をしていないんですね(笑)。海外で長く暮らした後、商社に入社し、すぐに海外赴任となり、そのまま35年。ずっと世界を見ている人だからこそ、厳しい部分も見てきて、経験してきたんだと思います。息子にはその大変な経験をさせたくないから、逆の発想で「そんなことはしない方がいい」と言ってくれたんだとは思うんですけど…、父の背中を見て、その楽しさを知っちゃいましたからね。だから、反対されても、「いや、お父さんは楽しそうじゃん」って…(笑)。

――言いたくなりますよね(笑)。那須川さんもお父さまのように商社を目指す、という選択肢はなかったんですか?

商社に入れば、すぐに父みたいになれると思っていました。アメリカに留学したのは、商社に入るために語学を身につけたかったのも理由の1つ。でも、商社に行っても父の存在を超えることはできない、と思ったんです。

――どうしてそう思われたんですか?

海外にいる人の「父を慕っている感」がすごかったんです。すごすぎたんですよね。それに社内の人たちからもすごく評価されているのを、聞きたくなくても聞かされていました。でも、それがウソじゃないというのは子供ながらにも分かったんです。海外から帰国すると、いつも出迎えの車が来て、会食ばっかりしていて、扱われ方がVIP待遇過ぎたんです。それを見ていて、「何なんだ、この人は」みたいな(笑)。

今では商社を目指していないですが、父のように海外ビジネスをどんどんやりたいので、冒頭に申し上げた父の会社の立ち上げに関わることができたのは良かったと思っています。実は昨日も一緒に海外に行っていたんですが、楽しいんですよね、父の近くにいると。親子の間でのいろんなことはありますけど、ビジネスパーソンとしては単純にすごい人です。

――いいですね、ビジネスのお手本となる人がそんな身近にいるなんて。

でも、身近な存在だからこそ、いい部分だけじゃなく、逆に反面教師とすべき部分も分かるんです。例えば、いつも家にいなかったこととか。だから、僕のビジネスの理想は、安定したストック収入を確保したうえで、いくつかの事業を展開して収入源を増やしながら、かつ家族と一緒にいられる時間も絶対に作ること。それも全部、父から学んだことなんですよね。

――なるほど、いいところも悪いところもお父さまから学べるって面白いですね。

僕にとって父の存在はやはり大きいですね。お互いに憎たらしい部分があるのは家族だから、しょうがないんですけど。

――お父さまは苦労や大変な思いもいっぱいなさってきたから、那須川さんには「いい大学に行け」と言っていた。それでも那須川さんが背中を追いかけたいと思うのは、お父さまにとっても嬉しいでしょうね。

ははは、どうでしょう(笑)。でも、僕にしてみたら、父から学ぶ部分は多いです、一緒にいて。

■今までなかったものも、誰もができる仕組みを作って広めたら、それが「主流」になる。そういうものを作りたい

――安定したストック収入を確保したうえで、いくつかの事業を展開して収入源を増やす、とおっしゃっていましたが、那須川さんが今後やってみたい事業ってどんなものなんでしょう?

アスリートの起業支援と、シングルマザーの就業支援です。

まずアスリートに関しては、僕がスポーツチームに所属していた時に感じたことなんですが、アスリートは目標を達成する能力に長けていて、スポーツ選手になりたいという夢を達成させることができたのに、その後の記録や、選手としてのキャリアに自分で納得できないまま引退する。そこで自己肯定感が下がり、セカンドキャリアを考えた時に「何をしたらいいんだろう」となってしまう方は少なくないんです。アスリートでいるのは人生の中の一時であるはずなのに、それがすべてと考えてしまい、結果に満足いかないと落ちぶれてしまう人が多いんです。

僕は絶対に、それではいけないと思っています。どう人生を生きていくのかを、選手である時代から、あるいは選手になる前から考えなければならない。そういうことを、親やいろんな人が教えて、「選手になるとこういう現実がある」ということをどんどん言わないといけないんですよね。それをやっていきたいと考えています。

――シングルマザーの就業支援については、何をきっかけに考えるようになったんですか?

前の職場にいたシングルマザーの方の暮らしぶりを見ていた時に考え始めました。好きな人と結婚したけど、「やっぱり違う」と思ったから離婚した。そのこと自体はマイナスじゃないはずなんです。プラスになるはずじゃないですか、その人にとって。

――そうですね。「離婚が成立して、せいせいした!」って人もいますもんね。

でも、離婚すると女性の方が立場的に弱くなってしまう。さらに子供がいることによる働きづらさってあると思うんです。たとえ離婚しても、自己肯定感を下げずに「シングルマザーになって、もっとやっていこう」という風に頑張ることができれば、収入も上がるし、子供たちにより良い教育を与えられる。なのに、離婚した時点で経済的にも弱い立場になってしまうと、それができなくなる。だったらシングルマザーがもっと働きやすい環境を作ってあげればいいと考えたんですね。

――その2つの事業については、もうすでに動き始めていらっしゃるんですか?

アスリートの教育を行う環境として、現役時代から次の道を開く方法を伝えるプラットホームであり、かつ引退後の就職支援をする会社を作ることを始めています。同時に、シングルマザーの働きやすい環境として、無認可保育所と企業提携としての認可保育園を作るという事業も立ち上げています。さらに、子供の預け先が決まってシングルマザーが働きやすい環境が整ったら、「では、お仕事を紹介します」という仕組みも今、作っているんです。これができたら、同じように専業主婦の方たちだって、子供がいても月にいくらか稼げる。

要は仕組みなんです。誰にでもできる仕組みを作ることができれば、それに則ってやってもらうだけでできるはずなんです。でも誰もしていないし、仮に、すでにあったとしても知られていない。だったらそれを作って皆に知らせて、皆がやっていけば、それがもう主流となる。そういうものを僕は作りたいと思っています。

■とりあえずやりたいことをあれこれ洗い出したら、30個のリストになった

――那須川さんのお話をお伺いして、お話しされる表情を見ていると、ワクワクしますね。

父が定年退職で会社を立ち上げるって言いだした時、その頃、父は中国にいたので、「日本の事情が分かんないからやっておいて」って言われて、僕が会社設立の手配をしたんです。その時、「将来、この会社を任せるから、お前のやりたいことを定款とか目的に入れていいよ」って言われたんですね。考え始めたら、「やりたいことばっかりじゃん!」って思って(笑)。

とりあえずやりたいことをあれこれ洗い出したら、会社として事業をやる目的が全部で35個くらいになって、そのうち僕のやりたいことが30個(笑)。「これを全部やりたい」って思って定款に入れたのが、結果、今やっていることにつながっているんですね。自分でやりたいと思ったことを紙に書きだして、「やります」と決めたら、人って自然とやっているんですよ。

こういうこと言うと「宗教っぽい」って言われたりしますけど、夢を叶えようと思った時には、叶えたかのように最初から信じていれば、絶対に叶うんです。自分が100%信じたら、ちゃんと叶うんですよ。そこに他の人が「叶わないよ」とか「無理だよ」とか言って、それで「そうだよな、無理だよな」と思ったとしたら、結局のところ、その人にとって、その夢はそれまでなんです。その程度しか信じる価値、思いがなかったわけなんです。

――自分の責任ですよね。人が何を言おうと、自分の人生ですからね。

そうなんです。すべては自分の責任なんですよ。

■自分がやりたいと思うなら、やればいい。そこに「カッコイイ」とか「カッコ悪い」とかはない

――最後に、ふと気になったんですが、那須川さんはご結婚なさっています?

いえ、独身です。

――将来的には家族を持ちたいとお考えですか?

もちろん、はい。

――では、ビジネスで安定した収入があって、家族との時間を持ちながら仕事も充実させる、というのはこれからのやりたいことの1つですね?

そうですね。だからこそ、会社にとっても、個人にとっても、安定した収入を得ることが絶対に必要です。そのためには稼ぐ方法の選び方が大事ですね。いいものをちゃんと捉えれば、勝手に広がるので、そこをちゃんと捉える。何がいいのか悪いのか自分で経験し、自分のやりたいことを取り入れる。人が稼いでいるのを見て「いいな」と思って取り入れるのではなく、自分が取り入れてみて、自分に合っているならやる。合ってなかったらやる必要はないんです。

――そうですね、やってみて「自分はこれじゃない」って気づくだけでもいいですよね。

僕が扱っている商材は、すべて「自分がやりたいこと」。営業して自分が楽しいからやっているわけで、楽しさがないと売れないですね。

――それはすごく分かります。那須川さんのおっしゃっていることってシンプルなんですけど、日本という社会や、マーケットの中では、シンプル過ぎて逆に皆気づいてないことのかもしれませんね。

まさに、シンプルでいいんです。

――やりたいことを「やりたい」と言う。知りたいことがあるなら、知っている人に会いに行って、聞く。とってもシンプルなんですが、それがすごく難しい。周りから反対されたり、「最終的に、リスクがあったらどうするの?」と止められたり。でも、それでおとなしくしているだけで人生で無難に終わってしまうのって、それはそれで見方を変えれば、リスクですよね。ならば、どう生きるのか。それをちゃんと自分で考えることが大切ですよね。

僕は、自分のやりたいことやそのために大変な思いをしていることをFacebookでも発信しているんですけど、他の皆さんは、あまり言わないですよね。絶対やりたいことはあるはずなのに。自分がやりたいと思えばやればいい、それがカッコイイとかカッコ悪いとかはないと思います。

そして、やりたいことを続けるために絶対的に必要なのはお金だとも思っています。自分のやりたいことをどうやってマネタリングしていくのか、それを仕組み化しないと、人から「価値がない」と判断されてしまう。価値のあるものには、社会性とお金が必ず絡んでいるんです。自分の生活ができていないと、いいものだって提供できないと僕は思います。

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