• 南祥平

全力でまっすぐに、楽しく働く人を増やしたい。

今回のインタビュイーは、神戸で勤務する南祥平さん。ビックリするくらいに、謙虚で真面目、そしてまっすぐでピュアな南さん。そういった性格ゆえ、「偽善者」と言われることもあるそうですが、本人はいたって真面目に「幸せとは」「日本人が幸せになるためには何が足りないのか」を見つめ続けています。

新入社員当時、他責だった働き方を変えてくれた人との出会い、幸せになるために必要なことを肌で感じた東南アジアでの日々、まっすぐに育った家族の存在について、お話を伺いました。
インタビュー実施日:2018年2月10日(らしくインタビュアー渡辺)

目次

■楽しく働く人を増やしたい。この会社ならそれを実現できる

――南さんは去年の5月に営業職として入社し、現在は神戸事業所で活躍されています。友達から「最近どんな仕事しているの?」って聞かれたら、なんて紹介しますか?

いつも、「研修の営業や講師をしていて、とにかく楽しい」という感じで話しています。

――“研修の営業”と聞いて、みんなピンと来るものですか?

来ないです(笑)。だいたい「ん?」ってなりますね。でも、具体的に「研修を企画して、それを人事の方に提案して、講師を派遣する」みたいな話をすると、「なるほど、うちにもそういうの、あるわ」って感じになります。

――南さんご自身は、研修会社の営業が何をするのか、入社前からイメージはあったんですか?

ありませんでした。前職のブライダル業界では、社員教育に関しては完全に内製化されていたので、外部の会社が来て研修するなんて、イメージすらできなかったです。

――それなのに、なぜこの会社に入ろうと思ったんですか?

新卒で入ったブライダルの会社を3年で辞め、1年間海外で暮らしていました。帰国後、「日本人って楽しく働いている人が少ない」と感じ、自分のやりたいことは「楽しく働く人を増やす」だと思うようになったんです。

それで、友人が人材教育の仕事をしていると聞き、連絡しました。その友人というのが、当時品川の事業所で働いていた成田という社員で、「だったら、うち来たら?」って言われて。それでインソースのHPを見たり、仕事の詳細を聞いたりしているうちに、「この会社のやっていること、自分のやりたいこととドンピシャだな」と思い、入社を決めました。

■働いている人の「キラキラ」が見える会社なら、自分も成長できると思った

――新卒でブライダル業界に入られた、とのことですが、昔から憧れだったんですか?

まったく興味はなかったんです。僕は昔から、“誰と時間を共にするか”を大切にしているんですが、就職活動中に出会った前の会社の人たちはみんな楽しそうで、まるで「キラキラが見える」感じだったんです。自分が若いうちに成長していれば、年齢を重ねた時に影響を与える範囲も広がるので、そういう環境に身を置きたいと考えていたのですが、この人たちと一緒に仕事をしたら、それが実現できるのではと思いました。

――なるほど、「この会社って、みんな、やたらとキラキラしてるな」と思い、気になった?

はい。でも実は、サービス業界はむしろ志望から外していたんです。もともと大学でもホスピタリティを勉強していて、外資系のホテルでアルバイトもしていたんですが、将来自分の家庭を築くことを考えると、土日休みじゃないし、待遇面も決して良くはないですからね。楽しいのはわかっていたんですけど。

――それなのに、なぜ?

友人からサービス業界の中で唯一その会社を勧められたので行ってみたところ、「どうしてもここに入りたい!」と魅了されてしまったんですよね。その後の就活はその会社一本に絞り、就職を決めました。

――私もサービス業界出身なのでわかるんですけど、この業界って見た目は“キラキラ”していても、体質的には結構“体育会系”で、泥臭い部分もあるじゃないですか。入社してみて、その辺のギャップはなかったですか?

それがまったくなかったんです。今の会社、インソースももちろん好きなんですけど、前の会社も本当に好きでした。ウソ偽りなくみんなまっすぐで。奇跡みたいな会社だったと思っています。

■人のせいばかりにして、仕事ができなかった1年目。「自分の責任」だと思ったら、変わることができた

――前職では、いわゆる「ウェディングプランナー」として働いていらっしゃった?

そうですね。

――私、結婚の経験もないので、あまりよくわからないんですが、プランナーのお仕事内容を教えてもらえますか?

最初に新郎新婦さんが会場見学にいらっしゃいます。その際のご案内から、ご成約をいただいた後、結婚式の打ち合わせまで、さらには当日の会の様子を見守り管理するのがプランナーの仕事です。

――本当にずっと新郎新婦と向き合って、結婚式を作り上げていくんですね! プランナーのお仕事について、どんなところにやりがいを感じましたか?

一番の喜びは、やっぱりお客さまの“笑顔”です。どんな苦労も、当日の笑顔を見たら一発で吹き飛びますよね。

決してお礼を言われたいわけではないんですけど、式の後、「南さんがプランナーで良かったです」とおっしゃっていただいたり、手紙をもらったり、サプライズで後日DVDを作ってくださったお客さまもいました。こんな経験は他の仕事ではできないので、そこが宝物と言うか、幸せを感じましたね。

――お客さまが最高の笑顔になるその日に向けて、いろんなことを想像しながら、いかにより良くしていくかを考えるお仕事って、常に前向きな気持ちになれて楽しそうですね!

はい。でも、1年目の頃は本当に仕事ができなくて、辛い時期もありました。夜中の3時まで仕事をしていたり、クレームが入って担当替えになることが3回もあったりもして、本当に情けない感じだったんです。2年目になった時に、良くなかった点を内省し、いくつか出てきたポイントを変えたら、それからは順調に仕事ができるようなりました。

――具体的に何が良くなかったんでしょう?

まずはレスポンスが遅かったことです。業務に追われると、対応がどんどん後手に回ってしまい、そうなると仕事ってますます膨らんじゃうんですよね。

次にお客さまとの約束が守れなかったこと。期日を過ぎても約束したものを送らず、さらにこちらから連絡もせず、ということがちょくちょくあったんです。個人のお客さまから大金をいただく仕事なので、一日でも遅れたら「何やってんのよ!」って思う方も多いんですよね。

――お客さまにしてみたら、一世一代のセレモニーですから。動くお金も大きいですけど、プランナーには「自分たちの式を大切にしてほしい」と思いますよね。

でも、一番良くなかったのは「自責の気持ちがなかったこと」です。ミスを人のせいにしてしまっていたり、仕方ないと思っていたりしたんですが、2年目からはすべて“自分の責任”と思うようにしたんです。

――“自分の責任”ですか。

結婚式って、司会者とか、装花を作る人だとか、カメラマンとかいろいろな役割の人がいますが、プランナーはその人たちと1対1の業務提携をしているような関係なんです。だから現場では、カメラマンがミスを犯したとしても、その責任は全部プランナーが負わなければなりません。なのに1年目の時は、「カメラマンのミスでしょ」という感覚だったんですよね。

「もし、そのミスを防げる可能性が1%でも自分にあったとしたら、それは自分の責任だ」と思うことにしたら、どんどん自己成長できたと言うか、変わっていけたなって感じでした。

■グダグダだった自分を信じてくれたGMの言葉

――何がきっかけで、「このままじゃいけない」と気づいたんですか?

実は、2年目で会社を辞めようとしていたんです。実はもともと就職する前から海外に行こうと思っていて、実際に内定を辞退して海外渡航することも考えていたんですが、まずはウェディングの会社に入社して…。ただ、仕事をする中で自分の不甲斐なさに直面してしまったこともあって、「海外に行く目標をもう一度目指すのもありかな」と思って、目標に向けて動いていたんです。事実、2年目の5月にはフィリピンに留学できるよう、チケットも学校も手続き済みだったんです。

――実際にご自身で動いていたんですね! それは仕事が忙しい、うまくいかない、といったこととは関係なく、もともとの目標達成のためだったんですか?

正直、内心では当時の上司と合わなかったり、すぐ言い訳してしまったりする自分も嫌で…。新卒が辞めると言うので会社も全力で引き留めてくれたんですが、僕も当時そんな感じでしたから、正直何も響きませんでした。

ところが、そのタイミングで変わった新しいGM(ジェネラルマネージャー)の言葉にグッと引き寄せられ、気がついたらチケットも学校もすべてキャンセルしていたんです。

――そのGMはどんな言葉で引き留めたんですか?

たまたまそのGMが着任した時に、僕が会場案内したカップルからご成約をいただいたんです。それを見ていたGMが「もっとやれる」と思ってくださり、発展途上国に行って自分にないものを学びたかった僕に、「向こうに行くのは、自分が学び取るためだけじゃなく、何か影響を与えられるようになってからでもいいんじゃない? うちの会社でもっと成長して、でっかいものを持って行きなよ」というような話をしてくれました。それがスッと入って来て、気づいたら「続けさせてください!」と言っていました。

――響かなかったものが突然響く時ってありますよね。わかります。それで2年目から自分の働き方が変わっていったんですね。視座が上がった、というか意識が変わった?

そうですね。そのGMが「基本的に祥平のことを信頼しているから好きにやって。何かあったら責任取るから」って言ってくれたんです。「こんなグダグダだった自分を信じてくれたので、もっと成長しないと」という思いから内省が始まり、それで1年目はここがダメだったな、って気づくことができました。

それからはちゃんと仕事をやり、それに応じてポジションも与えてもらったので、どんどん仕事が楽しくなりました。自分で言うのもあれですけど、プロフェッショナルプランナーという肩書を、同期で一番早くもらえたんです。でも、1年目は本当に底辺だったので、「これが実力だ」というより、きっかけを作ってくれたGMに感謝ですね。

――きっと同期の人たちも、「何か変わった」って思ったでしょうね。

そうですね。同期には「1年で辞める」と話していたんですが、「また続ける」って言ったら、「本当に良かった」って涙してくれる人もいて。「ただの他人にそこまで思ってくれる仲間もいたんだ」と気づけた経験は、僕にとってターニングポイントになりました。

■海外生活で得た「幸せ」のポイントは、「シンプルに考えること」と「笑顔」

――そのまま順調に3年目を迎え、海外に行く夢はずっとどこかに持っていたんですか?

どの大人に聞いても「3年は続けろ」と言われたので、「まずは3年」というくくりで考えていました。マネージャー昇進の話もいただき、そのまま続けたい気持ちになっていたんですけど、「30歳になって結婚もするとしたら、海外に長期間なんて行くことはできない。やっぱり今しかない」と思い、3年ぴったりで辞めました。

――なぜそんなに海外での暮らしにこだわっていたんでしょう?

大学4年生になるまで一度も行ったことがなかったんですが、お金を貯めて初めて行った国がイタリア。そこから東南アジアに行ったり、バックパッカーでイタリア・スペインを回ったりする中で、「日本とは全然違う」と思いました。

日本って、自殺者が年間3万人もいるじゃないですか。数に入っていない件数も含めると実際には10万人とも言われていて…。こんなにいろんなものに恵まれているのに、幸せそうじゃないんですよね。

一方、発展途上国の人たちは日本よりお金がないのにあんなに笑顔いっぱいでいられるのは何故なんだろう…。たぶん旅行レベルじゃわからないな、って思ったんです。それで、いつか仕事を辞めて長期滞在しようと決めました。

――なるほど。日本より恵まれていないはずなのに、なぜか楽しそうだったりする理由や、日本にはない何かを探しに行ったんでしょうか?

もっと抽象的な感じでした。「幸せとは?」みたいな…。でも、僕にとってこの先より良い人生を歩んでいくためには、絶対必要なことだったんです。だから、答えとかは全然想像もつかない状態で行きました。

――“幸せ”って、見つかりました?

完全ではないんですけど、ポイントは掴めたかなと思います。言葉にするとチープになってしまいますが、向こうの人って物事を全部シンプルに考えているんです。僕も、仕事で行き詰まった時にシンプルに考えるとスムーズにいった経験があるので、生きていくうえでもシンプルに考えようと。

あと、“笑顔”ってすごく大事だって思いました。自分が笑顔でいることもそうですが、「自分がどうすれば、相手に笑顔になってもらえるだろう」ということを意識するようになりました。

――それは、現地の人と接し、言語的なものではわからないものをわかろうとしているうちに見えてきたことなのでしょうか?

そうですね。フィリピンなら英語がだいたい通じたんですけど、ミャンマーなどでは英語すら通じないところもあって。ただ、話をしている表情とか身振りとかで伝わってくるんですね。「こういうのを自分は感じたかったんだ」って強く感じました。それと、洞察力も鍛えられました。

■「自分は何のために生きているんだろう」と悩み、人に喜んでもらえた時だけそれが消える

――1年で日本に戻ってこられた訳ですが、帰る時の条件って何か決めていたんですか? お金がなくなったら、とか。それともそろそろ戻るか、みたいな直感で?

まったくのノープランでした。まず3ヵ月間のフィリピン留学だけは決めていたんですけど、その後は本当に何も決めず、その時の感情で動こうと思っていました。

留学を終えた時、もうちょっと英語は話せた方がいろいろ吸収できるかなと思い、ワーホリでカナダに行きました。でも、1年いるつもりが、3ヵ月で帰ってしまったんです。

――それはなぜ?

変な言い方ですが、カナダってすごい“楽”だったんですよね。

――それは、何かと“整い過ぎていて楽”という意味?

仕事をするうえでストレスを抱えることもあると思うんですけど、ワーホリではそれがほとんどないんですよね。「今はインプットの期間なんだから何も考えずにいよう」と思いつつ、逆に自分が社会で何も貢献していないような気になり、「自分は今、何をやっているんだろう」って、すごく思ったんです。

もともと小学生の頃から、決してネガティブな気持ちではないんですが、「自分は何のために生きているんだろう」と常に考えてしまいがちな性格だったんです。それが消えるのは「誰かに喜んでもらえた時」だったんですよね。

■日本人はみんなストレスに溢れている! もっと「思いやり」を持つべき

――カナダから戻り、どうされたんですか?

一番したかったのは東南アジアを全部回ることだったので、まずは沖縄で知り合いのお店に住み込みで働かせてもらいながら、東南アジアの宗教や文化について独学で勉強しました。

――え? 沖縄に住み込みで働いていたんですか?

フィリピンに留学していた時に会った二つ上くらいの先輩が、沖縄で飲食店をしていたんですね。「一緒に働きたい」と言ってくれていたので、給料はいらないから、と住み込みで半日お店を手伝って、半日は勉強していました。

それから実行に移し、2ヵ月かけて全部回ってきました。そして、お金もつきてきたので、帰国して、就活して…。

――そして今に至るんですね。再び日本で働くようになって、何か思うところはありましたか?

「みんなストレスに溢れている」って思いました! ちょっとぶつかっただけで舌打ちされたり、朝の満員電車に乗っている人たちの顔が死んでいるように見えたり…。

実は、インソースの大阪支社に通っていた時、特急券を使って通勤していたんです。前職では自転車通勤だったんですけど、通勤電車の幸せじゃない空間で40分も過ごすのが嫌で、それだったら片道500~600円で特急に乗って、その時間本を読むとか、幸せな空間にいた方がいいなって思って。

――そんなに嫌だったんだ(笑)。自分でお金を払ってでも、乗りたくないっていうくらい、嫌だったんですね。

めっちゃ嫌でしたね!

――東南アジアとかではみんな笑顔でいたのに、日本とは何が違うんでしょう。南さんにはそれが見えていたりするんですか?

何なんでしょう…。表現が正しいかわからないんですけど、「肥えて」しまっているとでも言うか、情報とか物が溢れて過ぎていて、人として本来大切にしなきゃいけないものが失われているんじゃないかと思います。

――「大切にしなきゃいけないもの」とは?

難しいんですけど、突き詰めて考えると、月並みですが「思いやり」とか、「ホスピタリティ」という部分でしょうか。そういうことについて、「日本人はすごい」って言う人もいますけどね。

■リーダーとして、フラットでいたい。壁がない、メンバーにとっていい職場環境をつくりたい

――話は戻りますが、インソースのHPを見て、今やりたいことと近いと思って入社された訳ですが、具体的に成し遂げたいことはありますか?

今はリーダーとして後輩とチームを組んでいるんですが、管理職になりたいと思います。役職にこだわりは全然ないんですけど、僕は人に影響を与えられた時に幸せを感じられるので、影響を与えられる範囲や権限が職位で変わるのなら、まずはそこを目指すために結果を出す。それと、人生の大半を仕事に使うので、一緒に働く人と一緒に楽しみたいですね。

――リーダーとして、後輩指導、マネジメントで気をつけていることはありますか?

フラットでいたいというのは常に思っていますね。壁がない、いい環境をつくりたいな、と意識しています。

これは営業としてお客さまと話す時もそうですけど、相手の立場に立って物事を考えて話す、ということですかね。特に、社内で言葉遣いがきつい人を、学生時代のアルバイト時代を含めていろいろと見てきたんですが、そういうところから仲間の不信感が生まれてしまうんですよね。だから、そういうのは絶対になくそう、と思っています。例え自分のテンションが低い時でも、気をつけていますね。

今、年下のメンバーと一緒に神戸事業所で働いているんですが、彼女が太陽みたいな存在なんですね。年齢や社会人歴は私の方が上なんですが、そういうことを抜きにして、フラットな関係でいたいと思いますし、彼女自身がそういう雰囲気をつくってくれているので、感謝しています。

■目指しているのは、“スマートじゃないけどマメ”な営業

――お客さまと対峙する「営業」としてのやりがいって、どんな時に感じますか?

研修の営業担当として、研修当日、会場に足を運んだ時ですかね。組織の課題をヒアリングさせていただいて、それを踏まえて自分が依頼した内容を講師が表現していて、それに頷いて力にしてくださる受講者の皆さまを見ると嬉しいですよね。

事前の打ち合わせで担当者と話をしていて、当日こういう風になるかな、というのはイメージがつくんですが、イメージするのと直接見るのは全然違うんですよね。なので、時間の許す限り、極力、最後の30分でもいいので、研修会場に足を運んで、実際の研修を見るようにしています。

同じ研修風景を見ていると、担当者の方から、「今日の研修を実施したうえで、今後はこうしていきたい」というお話を伺うことができるんですね。そういう時、研修の営業として、そのお客さんと携わることができて良かったな、と思いますね。

――何か特別に好きな研修ってありますか?

ブロックを使う研修があるんですが、考えるだけでは言語化できないものをブロックを通して、自分で内省して、自分に対する気づきがあって、さらに周りからの質問を受けることによって、考えがさらにブラッシュアップされていって。それを見た時に、「これはすごくいい研修だな」と感じましたね。楽しく働く人が増えていく可能性の高い研修なんじゃないかな、と思いました。

――印象に残った受講者の表情とか声とかはありますか?

とあるホテルのお客さんでブロック研修を実施させていただいたんですが、研修始まりの時は、社員の方が「会社を辞めたい」っておっしゃっていたんですね。ポジティブな意見も全然出てこなくて。でも、研修を通して、ブロックを扱っているうちに、徐々に変わっていくのがわかって。その方は4年目の社員さんだったんですが、研修が終わる頃には、「今後、リーダーになっていく自分は、こういう存在でありたい」と語っていて、かなり前向きな意見に変わっていたんです。それを見た時に、「あぁ、これが私が求めていたシーンだな」と強く感じました。

――お客さまにはどんな印象を持たれているんでしょう? 自覚していらっしゃるご自身のイメージってありますか?

目指しているのは、“スマートじゃないけどマメ”な営業、ですかね。人間らしかったり、泥臭かったりする方が、信頼を勝ち取れることが多いのかな、と思うんです。もともと、自分を大きく見せたり、きれいに見せたりすることには興味がないんですよね。リレーションを築くことが大切、かつ、前職の経験を踏まえて自分の強みだと思っているので、細かい連絡や気遣いや配慮を徹底したいと考えています。それに、たぶん、「スマートに見せよう」と思っても、スマートにはなれないと思うので(笑)、マメさで誠意を伝えたいですね。

――なるほど。前職のBtoC出身っていうのは強みですかね?

強みにしようと思っています。でも一方で、お客さんに寄りすぎてしまうと仕事のスピード感に影響が出てしまうと思うんですね。なので、自分のその課題を理解したうえで、お客さん目線に偏り過ぎないようには注意しています。

――確かに、CSを意識しすぎて、丁寧にしすぎたり、「あのお客さんはどう思うだろう」って考えすぎたりしてしまうと、営業としてはクロージングが弱くなってしまうこともありますからね。

そうですね。この会社に入って、売上を管理する、という視点が鍛えられましたね。BtoCだった前職では、お客さまに寄り添っていれば、そのまま提案や売上につながっていたんですが、インソースでは企業対企業の仕事をしているので、法人営業として自分の立ち位置や売上のバランスは考えるようにしています。

■講師として伝えたいのは、人生の大半を過ごす仕事について、楽しく働いてほしい、という思い

――ご自身でも講師として研修を担当することがあると伺いましたが、講師として働くことについてはいかがですか? やりがいはありますか?

講師の仕事も、すごく好きなんです。決して上手ではないというのは、謙遜ではなく常々思うんですが、好きですね。

2つやりがいがあって、1つは、このキャリアと年齢で、講師としての仕事を任せていただけるということ。こういった経験をさせていただけることには本当に感謝しています。もう1つは、研修当日、講義内容に関して自分の経験談を踏まえてお伝えするんですが、それに対して反応があった時、笑ってくれたり、頷いてくれたりする姿を直接見ることができるのは、やりがいですね。

――登壇する際に、「こういう思いを伝えたい」と秘める思いや気持ちはありますか?

やはり人生の大半を過ごす仕事について、楽しく働いてほしい、という思いがあります。そのためにも、自分が苦労した1年目の経験は、どの業種でも職種でも大切になってくる部分だと思うので、自分の失敗談も含めて必ず伝えるようにしています。

■「研修で変えられないものがある」とは言いたくない。バカかもしれないけど、全力でやる

――この仕事を始めてから、世界の見方とか、世の中の見方とかは変わりましたか?

社内でたまに、「研修じゃ変えられないことがある」と言われたりするじゃないですか。ある意味それは事実かもしれませんですが、自分の中では口にしたくないんです。全力で変えられると信じて、バカかもしれないけどそこを信じて全力でやることで、もともと思っていた「楽しく働く人が増える」が実現できるのではないかって思っています。全力が大事だと思います。

――まっすぐだなぁ。すごく素敵だと思います。“全力”という言葉、力強いですね。

“全力”って言葉を感じたのは、周りから確かによく言われていたんですけど、ただ前職が本当に体育系で熱い会社だったんで、そこで特に大切にしようと思ったり、自分でも気づいたりしましたね。

■リーダーになる機会は「巡ってきた」。でも、周りのサポートに恵まれていたからこそ、成長できた

――小さい頃はどんな子どもでしたか? 友達の中ではどんなポジションだったんでしょう?

ありがたいことに、リーダーみたいなことをさせてもらえる機会が多かったですね。でも目立ちたがり屋って訳じゃないんですよ。

――では、なぜリーダー役に?

例えば、文化祭で劇の主役を決める時、日本人って自分から「やりたい」って言う人がいないから、時間が止まっちゃうんですよね。そういう時、いつも僕は「もし誰もいないなら自分がやります」みたいなポジションにいて、最初は様子を見ているんです(笑)。で、実際に誰もする人が現れなくて、「じゃあ、やります」と。機会が「巡ってくる」という感じでした。

――あまり「俺が俺が」ってタイプじゃないけど、「誰かやらなきゃ」となった時には、ポジションが巡ってくるんですね。実際にやってみてどうでしたか?

役割を果たすことによって、未知の自分と言うか、新たな成長があり、また次の階段がでてくることで、それを少しずつ登っていけたみたいな感じでした。それに、助けてくれる周りにも恵まれていたので、成功体験として自信になったり、時にうまくいかない時も失敗体験として経験値にできたりしたので、本当に感謝ですね。

■実はタレント活動の経験も! 華やかな経歴の裏に秘められたコンプレックス

――なんだか順風満帆な学生時代を過ごされていた感じがするんですが、挫折したことってあるんですか?

強いて言えば、大学受験です。中学までは結構勉強していたので学区で2番目の高校に行けたんですけど、高校ではまったく勉強しなくなったので、後ろから数えた方が早い成績になってしまいました。

――部活が忙しかったんですか?

それもあるんですけど、実は高校の終わりに役者をしていて、「こっちの方が楽しい」ってなってしまって。

――役者ですか!? どういうきっかけでその仕事に?

ある時テレビを見ていて、「会ってもいないのにブラウン管を通して人の感情を変えているってすごい仕事だな」と感じ、親に言ってすぐにオーディションを受けさせてもらったんです。最初は劇団みたいな養成所に入り、これもたまたま運が良かったんですけど、全国で流れるCMの仕事が決まったので1年もしないうちにプロダクションに上がることができたんです。

でも、ずっとこの仕事をしていこうとは思いませんでした。もともと、パン!って出られる力もなかったし、万が一縁があってこの世界で食べていけたとしても、今まで自分が育ててもらったような家庭を築きたいって思いがあったので、生活が不規則な芸能の仕事は学生時代限定だって思っていました。自分自身の一番の幸せって、「家族」なんです。

――でも、やっぱりテレビに出たり、CMに出たりする芸能人ってちやほやされるじゃないですか。うぬぼれたりしなかったんですか?

それはなかったです。当時のマネージャーから、「絶対におごるな。どのテレビに出ても、どんな大役になっても、絶対におごったら人は終わるから」と常々言われていたので、謙虚な姿勢を大切にしようと思っていました。

それに、テレビに出て「どや!」って感じには全然ならなくて、むしろ自分を見て「キモイな」みたいな(笑)。写真に残るのも好きじゃないくらいなんです。

――そんな~! とても華があって、整ったルックスだと思うんですけど! ご自身を過小評価しているような意識はないですか?

ないですね。自分は本当にどんくさいなって思います。

――どんくさい?

そうですね。いかに人のいいところを盗んで自分のものにして、悪いところは反面教師として外に出さないようにしているんですよ。どんなに仲がいい友達と話す時も、初めは緊張するんですよ(笑)。一回一回が“勝負”みたいな感じですね。

――南さん、とても穏やかでクールなイメージがあるのに、「どんくさい」って言葉を使うなんて、とても意外なんですが、「自分はこういう人です」っていうのを自分で言葉にするとしたら、どういう表現になるんでしょうか?

“全力”…、あと“まっすぐ”ですね。自分自身であらゆることの能力が高くないことを把握しているんです。ただただ全力でまっすぐぶつかることしかできないんですよ。ただ、それをやることで見えてくる世界があるとも思っているので、意識しているのと、もともとっていうのもあって…、そんな感じです。そうですね、“全力”と“まっすぐ”だと思います。

■「楽しくやれば成長する」と信じ、結果を出した高校時代の部活

――部活の話もお聞きしていいですか?

部活は小学1年生から中学まで野球をやっていたんですけど、肘を壊してしまったので出来なくなってしまったんです。

――あらら。それはそれは…。

でも、高校の時には廃部寸前のバレーボール部を見つけて、全然興味なかったんだけど気が付いたら入っていたんですね。

――廃部寸前のバレーボール部(笑)。それはすごいですね。

はい。部員は全員素人、顧問の先生もルールを知らない、というレベルの部で(笑)。
でも、自分たちの代でキャプテンに任命された時、「近畿大会目指そう!」と言ったんです。みんなから「祥平、無理やって」と言われましたが、「いや、できる」と。

――みんなついて来てくれたんですか?

練習メニューからオーダーまで全部自分が決めていたんですけど、一歩間違えれば嫌われたと思います。でも、「全員が楽しめる環境を作ろう」という思いを大切にして、楽しく取り組める練習メニューを独自に編み出したり、声をかけるタイミングを意識したりするようにしていました。

――なるほど。それで結果は出たんですか?

メンバーに恵まれていたことも大きいですが、自分たちの代から近畿大会の常連になったんです。「楽しく部活をやれば成長する」と信じ、そのための試みをして、結果も出た。その時の経験は今でも自分の人生で一番大きいポイントになったと思っています。

■「何を」言うかじゃなく、「誰が」言うかで人は動く。だから自分は管理職を目指す

――南さんが、仕事でもプライベートでも、自分の中で「よし!」と思える瞬間ってどんな時なんですか?

周りが喜んでくれたりとか、笑顔になってくれたとか、自分がいたことで成長のきっかけになったりした時が、一番幸せです。

――今おっしゃったことってマインド面ですよね。先ほど管理職を目指したいとおっしゃいましたが、営業ってやはり数字がものを言うじゃないですか。その辺りとはどうリンクします?

難しいですね。でも部下指導をする時、自分が結果を出していないと説得力がないので、まず自分の数字は上げようと思っています。でも、“幸せ”という観点から言うと、部下が成長するきっかけを与えられた方が幸せだったりしますね。

――仕事の上の役割として求められることと、自分の中の充実度が上がるポイントは、若干違うところにあるのかもしれない?

そうかもしれません。でも、例えば僕より先に入社したメンバーにOJTをする時、向こうにとっては僕の方がナレッジもないので、僕の言うことって説得力あるのかな? って思うんですよね。だから、僕に拠点を任せても安心してもらえるようになるためには管理職を目指したい、それにはまずは数字を上げることが必要だと思います。

――順番がそっちなんですね。「この人の言うことなら聞こう」と思ってもらえる立場になった方が、相手も聞いていてストンと落ちるし、自分も言っていて納得がいく。そのためには何が必要かと考えたら、実績と数字かなと。肩書に対するおごりはないわけですね。

ないと思います。“何を”言うかじゃなく、“誰が”言うかで人は動く、と思っているんですよね。だから、僕が誰かと話をする時は、「今までこの人にこういう接し方をしてきたから、このタイミングではこういう話し方をした方がいいんだろうな」みたいなことはめっちゃ考えています。考え過ぎて、たまに思考が疲れちゃうんですけど(笑)。

――すごい! でも、それじゃいつ気が休まるんですか?

それこそ、自分によって人が喜んでくれた時ですよね。

――先ほど、人に喜んでもらえた時に「自分は何のために生きているんだろう」という思いが消えるとおっしゃっていましたよね。それが今も変わらずにある?

変わらないですね。ただ、これは自分の中の承認欲求ではないと思っています。人と心と心でつながった瞬間にアドレナリンが出るというか、幸せを感じるんですよね。周りからちょいちょい「偽善者」って言われるんですが、それでいいかなと思っています。その人の見え方がそうであるだけで、周りにどう思われても、自分を信じて生きればいいと思っているので。

■「不幸せな気持ち」になりたくない。ただそれだけ

――誤解を恐れずにそのまま言うと、南さんってパッと見の印象が華やかだから、人生もっと調子に乗っていてもおかしくないと思うんです。それが、今日お話を伺ってみて、珍しいくらい本当に“まっすぐな人”だなって思いました。

ありがとうございます。

――それと、私がいいなって思うのは、ストレスを抱えてイライラしている人が多い中で、南さんは、満員電車が嫌だから特急に乗っちゃうとか、負のものを寄せ付けない工夫があるんですよね。周りの人が愚痴を言っていても加わらないとか、そういう距離を保てる強さってどこから来るんでしょう?

失敗体験が成功につながると思っているので、若いうちにしんどい思いをするのは必要だと思います。でも、「しんどい思いをする」のと「嫌なことに遭遇する」のは別というか、単純に“不幸せな気持ち”になりたくないんですよね。

――そこがピュアだなって思うんです。みんなそう思っているけど、途中であきらめて、それを隠すために別のことをしたり、「そういうもんだよ」って大人ぶってみたりするけど、シンプルに「不幸せなことは嫌」とは、多くの日本人って口にしないじゃないですか。もしかすると、海外での経験を通じて、いいものはいい、嫌なものは嫌、きれいなものはきれい、汚いものは汚い、とシンプルに思えるようになったのかもしれませんね。

僕も、それがきっかけだったのかなって思います。

――多くの大人は、「それじゃ生きにくくないの?」と思うかもしれませんが、きっと南さんの中では「だって嫌じゃん、生きているのに不幸せなんて」って、すごいシンプルに見えているんでしょうね。周りからするとすごく羨ましいし、なかなか立てない境地なんだろうなって思います。

■周りから見るときれいごとと思われそうなことを全力で言っている

――少し意地悪な質問をさせてください。先ほど、周りから「偽善者」と言われるという発言があったんですが、ご自身でも「そうかな?」って思います? 本心とは別に、客観的に人と比べてみた時。こんなこと言っているのは俺くらいだなって思うことありますか?

結構思います。周りから見るときれいごととを思われそうなことを全力で言っているので、そりゃ思うだろうなって思います。自覚はあります。

始めは気にしていたんですけど、海外での経験や前職の熱い仲間たちと働いているうちに、なんかいいや、周りとうまく絡めなかったとしても、それも自分らしさかなと思ったりして。

――素敵です。「偽善者」と言いたくなる人の気持ち、私、わからなくないんですよ。今日、お話を聞いていて、「逆になんでみんなまっすぐ生きていけないんだろう」って思ったんです。今も、思っている。田舎だったこととか、家族のこととか・・・貫ける強さってどこで身につけたんでしょう。育った家族の中で、教育方針とかあったんですか?

結構真面目な家庭に育ったと思います。父親が公務員なので、真面目で。逆に、母親がすごいフランクと言うか、人当たりがめっちゃいいので、家族全体がほんとに笑顔いっぱいであったかい感じ。その中で育ちました。兄が結構自由というか、小さいことを気にしないタイプだったので、そんな兄を見ていたので自分は要領を覚えて、自分は怒られないようにとか先手を打つならこうしたらいいだろう、っていうのを見ながら育ってきたんじゃないですかね。かつ妹の面倒も見てって感じだったので、真ん中で良かったなって感じです。

――バランサーだなあ。生まれて育ったのは関西で言うとどのエリア?

南大阪で、大阪市内に出るよりは和歌山の方が近いくらいでした。

――周りの人たちってどういう人たちが多い? 穏やかな人とか、・・・

穏やかですね。やっぱり田舎なので。でも何もないというより、8割がたは田舎だけど2割くらい都会?みたいな。

――ああ、なんだか、そういう穏やかな風景が目に浮かびます(笑)。素敵な家族に育てられたんですね。

本当に感謝しかないって感じですね。今の自分を形成しているのって、まずは家族。そのおかげで何かをする機会に恵まれたし、周りからサポートしてもらうきっかけが家族だったりもするので、本当に感謝ですね…。同じことしか言ってないですけど(笑)。

――30になったら結婚して、家族を持って一つのファミリーを築いていくのが待ち遠しい?

焦ってはいないですけど、そこが自分にとっての一番の幸せになるだろうなっていうのはイメージしてます。

――将来、自分の子どもに「お父さんはこういう人だ」って思ってもらいたいイメージ像はありますか?

難しいですね。“裏表がなくまっすぐ”っていうところと、“思いやり”ですかね。パッと浮かんだキーワードはその2つです。

――ちなみにずっと関西でしたっけ? 海外に行った時以外は。

大学までは実家でずっと関西にいたんですけど、新卒で配属されたのは横浜でした。

――横浜と関西、違います?

全然違います。言葉遣いもかなり注意されました。関西では年上の人にも普通に「ねっ?」と話しかけたりするんですけど、「それはタメ語だからだめだよ」とか。

――サービス業は厳しいですもんね! でも、学生時代に外資系のホテルでバイトしていましたよね? それでも違った?

外資系と言っても大阪なので、関西出身の人が多かったですから。横浜では、関東出身の先輩が大半だったので、「祥平ってちょいちょいタメ語が出るよね?」と言われました。当時は「この人たち何、言っているんだろ?」と思っていたんですが、後になってよくわかりました。

――だいぶ馴れ馴れしかったんだ、と気づいたわけですね(笑)。

はい。でも、お客さまの前でタメ語が出たらいけないので、指摘されて良かったと思います。

■インソースで成長した後、いつか独立してやってみたいこと

――最後に、今後のことについてお聞かせください。目先の目標としては、支社長として実績を作り、部下を育成する、などあると思うんですけど、30代、40代を迎えていく中で、仕事や生き方において何を視野に入れたいと思いますか?

インソースという環境は、いくらでも成長できる環境だとは思っているのですが、いつか自分の人生で確かめたいことがあります。高校時代の部活の経験でお話ししたことですけど、「全員が楽しめる環境を作ろう」っていうのを実現したら、成果が出た。その経験を活かし、ビジネスでも全員が楽しめる環境をトップとして作ったら、紙おむつだろうが割りばしだろうが、何を作ってもうまくいくんじゃないかって思うんですよね。なので、いつか独立してそれを試してみたいです。でも、とにかく今は、そこに向けて自己成長したいです。

――なるほど。やることは何でもいいんですか? これから見つける?

やっぱりブライダルや教育が好きなので、そういう分野だったらいいなとは思いつつ、仲間が幸せになって、自分も幸せになれるんだったら、今のところ本当に何でもいいですね。とにかくそれを証明して、結果を出したいです。ちょっと感情論みたいな話ではあるんですけどね(笑)。

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