自分らしく生きる→自分たちらしく生きるへの挑戦

自分らしく生きる
→自分たちらしく生きる
への挑戦

川角健太KAWASUMI KENTA

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今回は、ベンチャー企業に勤める川角健太さんにお話をお伺いしました。26歳という若さで、取締役を務めていらっしゃる川角さんは、とても聞き取りやすい明るい軽やかな声と、ピカピカと光輝くまぶしい笑顔の持ち主です。「無邪気で、いろいろなものに積極的に挑戦していって、知らない人と関わって、その人たちを巻き込んでいけるところが自分の“らしさ”と強み」「人と人が出会う“御縁”を信じている」と語る川角さん。卒業後、就職活動をせず、ベンチャー企業に飛び込み、「これから自分は、こうやって生きていこう」と決めた経緯やその時の心情について、お話しくださいました。
インタビュー実施日:2018年2月14日(らしくインタビュアー渡辺)

■「20人規模の会社の取締役を務めています」

――まずは、自己紹介からお願いできますか?

川角と申します。肩書きは、取締役です。

――そうなんですよね。お若いのに!と驚きました。会社の手がける事業について教えていただけますか?

弊社がどういう会社かと言いますと、「中小企業さんを元気にする」というコンセプトのもとに、大きく分けて二つの活動を行っています。

まず一つの大きな柱は、いろいろな中小企業の経営者の方へのインタビューサイトの運営です。中小企業さんのことについて知る機会って、やっぱり大手の企業と比べるとどうしても少ないですよね。そこで、経営者の方がどんな思いで作った会社なのかとか、まずそこを知ってもらうことによって、日頃自分たちの生活の土台を支えてくださっている企業の存在や、その方々からのメッセージを伝えていきたい、という思いで、この活動をしています。

もう一つは、インタビューの時に社長様のお困りごととかお悩みをお聞きすることが多いので、ただ聞いて終わりにするんじゃなくて、それを解決できるような企業さんにつないでいく活動です。例えば、研修をやりたいんだって言われてもうちではできないし、コスト削減したいとか言われてもそのノウハウも持ってない。でも、そういったことができるよその素敵な会社さんを僕たちが紹介することで、取材を受けてくださった社長様に対して一つの価値を提供できるのではないかと考えています。

このように、弊社はインタビューを通じていろいろな企業と接点を持ちながら、それらの企業と企業をつないでいくハブと言うか、媒体者のような役割を果たしている会社です。

――今の取締役というお立場で、川角さんは日々どんなことをやっていらっしゃるんですか?

ちょっと前までは全部やっていたんです。インタビューをして記事を書くだけじゃなくて、営業として顧客の獲得に動くとか、メンバーのマネジメントとか…。今でも時によっては現場に出ることもあるんですけど、今はどちらかというと経営層としての立場から、会社の方向性や根幹となる部分を社内外に向けて発信していっていくような業務をメインにやれるようになってきました。メンバーのおかげで僕がいなくても既存事業の成果が安定してきたので、メンバーに現場を任せつつ、僕にしかできないことって何だろう?と常に考えながら会社をよりよくするために行動しようとしています。正直、答えがないのでなかなか難しいですけどね。

――今「メンバー」とおっしゃいましたが、どのくらいいらっしゃるんですか?

スタッフは全部で20名ほどです。その内訳は役員が2名と社員が1名、残りはほぼ学生インターンなんですが、そのうち3名がこの4月に入社予定の内定者で、今からほぼ正社員並みに動いてもらっています。なので、インターン生のマネジメントは社員メンバーに任せ、僕は主に6名の社員メンバーをマネジメントしています。

■どんな仕事をするかを考えず、就職をせずに卒業した

――川角さんは創業当時から御社、株式会社オンリーストーリーにいらっしゃったんですか?

それが実は違うんです。
実は今日(2月14日)が、弊社のちょうど4歳の誕生日でして…(笑)。代表の平野が、バレンタインに一杯チョコが集まってくるようなたくさんのファンがいる会社を目指し、この日に一人で立ち上げたんです。しかも2014年の2月14日に(笑)。

僕が平野と出会ったのは、それから半年後くらいでしたかね。起業したい学生と起業家が出会えるイベントがあって、当時学生だった僕はそれに参加して、そこにたまたま出展していた平野と初めて会ったんです。

――その時に、「一緒に働こう」ってなったんですか?

一緒に仕事をするなんて、その時は正直、一切思わなかったんです。なんせ僕は、「自分で何かやりたい」と考えていたもので。
平野は当時から、「中小企業の魅力を伝えたい」、「その会社さん同士をつないでいきたい」という今と変わらないコンセプトで話をしていました。僕はどちらかというとその「個人版」をやりたかったんです。個人一人ひとりの魅力を伝えたい、つないでいきたい…。この人は、僕のやりたいことの「法人版」をやっている人なんだな、っていう感覚はありました。

――なるほど。

翌年、僕は就職をせずに卒業したんですが、いざ卒業した時、じゃあ何で仕事をしていくのか決めきれていなかったんです。まあ、いろんな波があって若干自信を喪失している時期でもあって…

その時、「いずれは経営者になるのに、経営について今までちゃんと勉強したことはなかったな」って考えたんです。「じゃあ、本物の経営者にいっぱい会って聞いてみよう、そういえばオンリーストーリーって会社が中小企業の経営者のインタビューをやっていたな…」っていう風に思い出して。そこに入って、いろんな会社の社長のインタビューを通じて経営学やノウハウを盗んで、そのままそれを糧にして独立してやろうと思ったんですね。

――平野さんと一緒に何をしたいと言うよりは、将来的に自分が起業する夢をかなえるためのステップの一つとして、平野さんの持っている仕組みを利用しようと思った?

正直そうでした。すぐ平野に連絡をして会うことになり、今お話したことをすべて伝えました。当時会社は2期目に入ったところで、新卒社員の採用はしていませんでした。そこで、「インターンとして修行させてくれ」とお願いしたんです。そしたら平野から「いいよ。最低でも半年はやってね」と言われて。「じゃあ、半年間はコミットするので、そこまではやらせてください」という感じで入社しました。

その時考えていたのは、「この半年でできるだけインタビューしまくって、ノウハウを盗んで、とっとと独立してやろう」って。言葉は悪いですけど、最大限利用してやろうと思って入りました。

■自分の成長しか考えてない、かなり接しづらいヤツだったと思う

――当時メンバーは何人くらいいらしたんですか?

あの時は4人くらいですかね。みんな学生でした。

――そうすると、すでに大学を卒業した川角さんとは立場が違ったのではないかと思います。周りの方との関係性とか、目指している方向とか、何かとすれ違っていたのではないですか?

今では笑い話なんですけど、当時は自分にすごく自信があったんです。「他の人とは違うんだ」って。

当時いたメンバーは、「すげえ尖った人が入ってきた」とか「何を考えているか分かんない」とか思っていたらしいです。飲み会なども参加せず変に周りと距離を置いていて、一緒に何かをやるよりは自分の成長しか考えてないって感じで。かなり接しづらいヤツだったみたいですけど、「それなりに実力はあって成果は出しているから何も言えない」みたいな(笑)

――約束の半年間が経っても、入社当初の意識は変わらなかった?

多分あまり変わらなかったと思います。

――中小企業の経営者に話を聞いて、ナレッジを吸収して、思い描いていた通りに得たいものを得ていたって感じだったと思うんですけど、半年後どういう決断をしたんですか?

実はその半年の間に、人生を変えるような大きな出来事があったんです。

■富士山を登山しながら「結婚」を考えて、下山しながら「就職」を考えた

――人生を変える大きな出来事とは?

渋谷のスクランブル交差点から富士山のてっぺんまで歩いて行くっていうイベントがあって、2週間夏休みをもらって参加したんです。当時彼女だった子と一緒に。歩き始めて最初のうちはただ楽しかったんですけど、3日目か4日目くらいで、「どうして自分はこんな歩き旅をしているんだ」っていう自問自答が始まって(笑)

その時、「今一緒に旅をしている彼女と、一生共に暮らす覚悟を固めるためにここに来ているんじゃないのか」ってふと思ったんです。もともと自分の中では決めていたことなんですけど、「今がまさにコミットするタイミングなのかな」と。それで、「富士山の山頂に到達した時にプロポーズしよう」って歩きながら決めました。

――もともと考えていたんじゃなくて、ひたすら長い距離を歩いている中で「プロポーズしよう」って決めたんですか?

ちょうど12日間かけて山頂まで行ったんですけど、4日目くらいにそれを思って、残りの日々でその気持ちを固めていったって感じです。お互い話もせず、ただ黙々と必死に歩いていく中で、「ホントにこの子でいいのか」、「この子を守っていけるのか」って、ひたすら自分との対話を続けました。そして「僕はこの子を守っていくんだ」っていう覚悟を固めていって、無事に山頂にたどり着いた時にプロポーズしました。そこで結婚することが決まったんです。

――なんだかドラマみたいですね!(笑)

その時は自分の中で「よし、ここから始まるな」って思ったんですけど、気持ちもまさに「頂点」だったので、そこから徐々に下山していくうちに現実が見えてきたんですよね、「そういえば、仕事ないな」って。働いてなかったわけじゃないけど、インターンじゃ、よその人から見たらフリーターみたいなものじゃないですか。なので、「家族を守るためには、どこかにおとなしく就職するべきなのかな」って考えたんです。

――でも、結局、そのまま就職はしなかったんですよね?

正直、本当に悩みました。無難に就職して安定した給料をもらって、その方がこの子を幸せにできるんじゃないかって本気で思っていました。でも、「自分らしさってそれなのかな?」って思った時に、やっぱり僕は、既存のところに入って「10 を 100 にする」よりは、何もないところで「0から1にする」という生き方が捨てがたかったんですね。だからもともと独立したいと思っていたわけで。

「じゃあ何をしていこうか」と考えた時、ちょうどオンリーストーリーに入って4ヶ月くらいだったんですけど、「僕と平野が目指しているところは一緒だな。僕がやりたいこととマッチしたものだな」って気づいたんです。今思うと、学生の頃独立したかった理由はおそらく「独立が人と違ってかっこいい」 って思いがあったからだと思います。でも、せっかく同じ思いを持って活動している人がいるんだったら、あえて一人で0からやるんじゃなくても、その人と一緒にやってもいいんじゃないかなって。

富士山から帰ってきて、平野に「僕結婚することになりました!」って報告したら、めちゃくちゃビックリされました。「ちゃんと一緒に仕事をしていきたいですけど、結婚したら家庭を持つので、インターンじゃ無理です」って相談をしたら、「じゃあ役員になってくれ」 って言われたんです。正直、役員とか取締役って全然分かんなかったんですけど、インターンからいきなり取締役なんて、話のネタとしてはかなり面白いですよね(笑)。正直、最初はそんな気持ちで取締役になることを決めました。

あと、僕は肩書とか好きじゃないんですけど、彼女のご両親に、たとえ聞いたことのないベンチャー企業でも、取締役を務めている旦那なら少しは安心してもらえるかなとも感じて、今回だけは肩書の力も借りようと思って役員になることを決めました。

■「暗黒の6年間」について。自分が「こうありたい」という意識に蓋をした

――川角さんは、昔から目立つタイプの子ども、アクティブな子どもだったんでしょうか?

もともとはそうでした。例えば、小さい頃に引っ越しをしたんですが、家の周りを三輪車で回って、僕の方から近所のおばちゃんたちに自分の親を紹介しちゃうみたいな。自分の足を動かしてコミュニケーションを取っていくような子だったんですけど、5年生の時にいじめを経験して、目立ちすぎて嫌がらせを受けた時から、人の目が怖くなってしまって…。周りの人から嫌われないよう、無難に、個性を殺して生きていくようになり、中学や高校では、自分が「こうありたい」という意識に蓋をして、どうやったらいじめられないかってことばかりを考えていました。

――自分を出せずにいた6年間、辛かったですね。何をきっかけに今のような生き方に変わったんですか?

高校3年の時、「このままだったら後悔するな」って思ったんです。「だったら、今の“嫌いな自分”のことを全く知らない人たちの中に飛び込んでいって、そこで理想の自分を作っていこう」と決意し、大学の付属高校だったんですけど、密かに外部の大学を受験しました。でも、そんな後ろ向きな理由だったせいか結局受験は失敗して、そのまま付属の大学に上がることになりました。

ただ幸運だったのは、周りに付属上がりの人が誰もいなくて、全員知らない人だったんで、「ここで変わるしかないな」って思うことができたんです。そこで、大学のクラスで積極的に行動してみたり、やりたいと思ったことに挑戦してみたりとか、本当の自分を出し始めたんですけど、6年間やっていなかったんで、初めは勇気が要りました。でも、少しずつやってみたら周りの人も「そういう人なんだ」って見てくれるようになったので、自信がついてきて。そのうちにできることも少しずつステップアップしていって、日本一周してみたり、アメリカ横断をしたり、いろんなイベントを何十回も開催して人を巻き込んできたりとか、卒業するころまでには、「このまま自分らしく生きていくんだ」っていう自信を持てるようになったんです。

■旅をしている時が一番「自分らしく」いられると感じた

――6年間の反動があったからこそ、大学時代はものすごくアクティブだったんだろうなって思います。それにしてもアメリカ横断までしちゃうとは(笑)。富士山まで歩いて行ったのもすごいなって思うんですけど、もともとアウトドア好きなんですか?

子供の頃から、ボーイスカウトとかキャンプにずっと興味があって、大学でアウトドアサークルに参加しました。そのサークルの夏合宿で、20キロくらいのバックパックを背負いながら、飯盒でご飯を炊いて食べたり、野宿したりしながら旅をするっていうイベントを経験したんですよ。それが僕の人生初の旅だったんですけど、何に惹かれたかっていうと、「旅をしている時間」が一番「自分らしくいられる時間」だったんです。

旅先で出会った人たちって自分とは利害関係がないので、その人たちに取り繕うことって意味ないじゃないですか。だから「素の自分」で勝負ができたんです。そういう時の自分が一番生き生きしているってことが分かったし、自分らしさ全開で接した人とは、今でも交流が続いていますが、深いところでつながることができたんですよね。

旅をしている間が一番「自分らしく」いられる。この感覚をいつまでも味わっていたい…。そうなったら、関東を出るところから始めて、気づいたら日本が狭く感じられるようになって、日本制覇したら次は海外行ってみようって、少しずつエスカレートしていって。

――一番「自分らしく」いられた時の「自分らしさ」って何だと思います?

自分で言うのも恥ずかしいんですが、無邪気さだったりとか、いろんなものに積極的に挑戦したりとか、恐れなく知らない世界に飛び込み、現地の人と関わって、その人たちを巻き込んでいけるところが僕の強みというか、「らしさ」なんじゃないかと。

――小さい頃、近所のおばちゃんたちに三輪車で自分の家族を紹介していたみたいな?

当時の記憶はあまりないんですけどね。でも、親からその話を聞いた時に、18の時から、「らしく」いられる自分に「変わった」んじゃなくて、実は5年生の頃までの自分に「戻った」のかなと思いました。

■人との出会いはすべて「御縁」。出会うべきタイミングで、「ベスト」な人が現れる

――すごく簡単な質問ですけど、「人」は好きですか?

その質問に答えるのはすごく難しいんですけど… 人はもちろん嫌いなわけじゃないですけど、ほんとに一人でいたい時もありますし。

――旅に行くのは、サークルの仲間と一緒のことが多かったんですか?

いえ、基本的に一人で行っていました。旅は自分のペースで行きたいんで。

――そうなんですね。じゃあ、旅先に一人飛び込んでいって、そこで出会った人と話してって感じ?

そうですね。そういう意味では、先ほどの質問で言うと、旅先での人との出会いを通じて、自分の可能性が広がっていくことが、僕は好きなんだと思います。自分の可能性とかレベルが上がると、その分レベルの高い人と出会えるし、行動範囲が広がっていけばまたいろんな人と出会える。その方が僕は好きですね。

――こういう人にどんどん話しかけたいなっていう具体的なイメージはあるんですか?

そこは特にないですね。僕は人との出会いってすべてが「御縁」で、出会うべきタイミングで訪れるって思うんです。出会いを自分でつかみ取りに行くっていうよりは、自分がちゃんと道を歩いていれば、その時の自分に「ベスト」な人が現れるって確信しているんですよね。例えば今日なら、渡辺さんが「いいタイミングで出会えた人」。

――あら、嬉しいです。

だから、「誰かに会いに行こう」って思うことはあんまりないんですよね。自分が進んでいく中で出会った人との出会いには絶対何かがあるんで、その人と過ごす時間は全力でやっていくって決めているだけです。

■プレイヤーからマネージャーへの意識の移行

――えー、面白いなー。だって、川角さんみたいな人が、この会社に入った時は飲み会にも行かなかったり、自分のためにナレッジを取ったりしていたんですよね。役員になった時は、そのようなスタンスを意識的に変えたんですか?

やっと最近変わり始めたかなって感じはあります。と言うのも、最近までは自分がプレイヤーとして全力で駆け抜けることが会社としても役に立つんだろうと思っていて、会社にとっても一番の価値になると信じていたんです。実際成果にも結び付いていましたし。それが、去年の年末辺りからコアメンバーも増えて任せられる人が出てきたんで、今後は自分がプレイヤーとして動くよりも、だんだんとマネージャーとしての立場にシフトしていくのが組織的にもいいんじゃないかなと思い始めています。

でも、その中で自分らしさを殺してしまったらバリューを発揮できなくなるので、今後どんな道に進んでいくのか、まさに分岐点に来ていると思っています。今からちょうど変わっていくところかもしれませんね。

――チームの中でリーダーになっていくタイプではないんですか?

どっちかって言うと、自分が引っ張っていくよりは支えていくタイプです。昔野球をやっていた時も、グラウンド整備とか、サポート的なことをよくやっていました。指導をするにも、直接教えると言うよりは背中を見せて、OJT的にやってみせることで伝えていくのが得意だったんですよね。だから仕事を教えるうえでも、研修をするとか、教育をするタイプじゃなくて、現場について来てもらって一緒に見てもらうのが、僕の役割だと思っています。

オンリーストーリーという会社を通じて、メンバー一人ひとりの自分らしさ、一人ひとりの「オンリーストーリー」を実現できる、そのための環境としてこの会社があってほしいと思うんですね。だから僕は、会社の土台の器の部分、空気感なのか、風土なのか、財務基盤なのか、いろんな要素があると思うんですけど、そこをちゃんと固めていきながら、自分の器も大きくしていくことで、一緒に頑張るメンバーの数も増えるんじゃないかと。

そのための手段が、これまでは自分が現場に出て成果を出すことだったんですけど、徐々にそれがチームでできるようになってきたんで、おそらく僕はもうちょっと大きいことをやっていった方が、会社としてもっといい土台ができるし、自分も一番活きるのではないかと思っています。どうやって実現していくのかっていう手段をちょうど考えているところなので、今はお答えできなくて申し訳ないんですけど。

■僕を助けてくれた人たちに「恩送り」をしたい

――ところで、今おいくつでしたっけ?

26です。

――数年前、大学を卒業した時に、今のご自分は想像できていましたか?

全然違いますね。そもそも結婚も一生できないって思っていました(笑)。こんなに自由にやっていて、ついてこられる人はいないと思っていましたけど、今の妻はその自由奔放なところも一緒に楽しんでくれているって感じです。

――多くの学生は、人と違うことをしたくても、そこまでの踏ん切りがつかないってところがあると思うんですが。川角さんは、人とは違う方向に行く時の恐怖とか不安ってないですか?

恐怖はもちろんあります。今でも怖いですし、結婚する時もそうでしたし。正直恐怖はあるんですけど、それ以上に恐怖なのは、18歳の時の自分に戻ることなんです。自分らしさを押し殺して生きていた頃の自分に戻る恐怖に比べたら、前に進んでいく方が怖くないんです、どちらかというと。

――それがきっと川角さんの根幹にある強みなんでしょうね。

今はあの時期の自分に感謝しています。あの時もしうまくいっていたらここにいなかっただろうし、今でもフラフラしていたかもしれません。「あの時の自分に戻りたくない」、「自分の人生に後悔したくない」って思いが人一倍強いからこそ、例えば就職しなかったことで親から反対されたり、周りの人から理解されなくても、それで自分らしさを失い「今日死んだら人生後悔する」って思ってしまうような人生を歩むことの方が僕は避けたい。だったら、前提がないかもしれないけど飛び込んでいこう、ちょっと怖いけど新しいことに挑戦してみよう、っていう生き方の方が、後悔がないんですよね。

――すごいシンプル。すごくまっすぐで分かりやすいですね。
じゃあ、就職しないで起業しようと思った時に、「これで稼いでいける」って思える自分の武器って何だったんですか?

僕が本気で深く自分の役割を考えるきっかけになったのは二十歳の時です。半年かけて「ヒッチハイクで日本一周」をやっていて、その間は「1ヶ月1万円生活」をしていました。日々いろんな方が車に乗せて下さったり、食事に連れていって下さったり、家に泊めて下さったり、お金をいただいたこともありました。初めの頃は、正直「ラッキー」って感じだったんですけど、だんだん素直に受け取れなくなっちゃって…。それである時、「もういいです、なんでここまでしてくれるんですか?」って拒否したんです。すると相手の方が「君に対してしたいと思ったんだから、素直に受け取りな」とおっしゃったんですね。おかげでまた有難く受け取ることができるようになりました。

それ以降、相手の方に恩返しをしたいという思いが強くなり、受け取る時には「将来ビッグな存在になって、絶対恩返しをしに来るんで!」って言うようにしたんです。そしたらある方に、「確かにその気持ちはうれしいんだけど、自分に返すだけだったら、この二人の間だけで終わってしまうんじゃないかな。もっと大事なのは、君が大人になった時に、同じような旅人や日常生活に困っている人を見た時に、その人に向けて今の感謝の気持ちを忘れずに返していくってことが、一番の恩返しになるんだよ」っておっしゃったんです。しかも日本中で同じようなことを言われたので、とても衝撃的でした。これが人間の本質なのかなって思いました。

それで、「恩返し」じゃなくて「恩送り」って呼ぶことにして、「恩送りができる自分」になろうって決めたのが二十歳の時なんですが、「どうやって世の中に恩送りをしよう」って考えても、何のスキルも技術もない。ただ一つだけあったのが「人の御縁」だったんです。「人の縁を受け取ることだけが僕の強みだな」っていう自信があって。だったら、僕がどこかで出会ったAさんとBさんを、僕が懸け橋となってつなぐことで、僕にしかできない「恩送り」を、この世の中にしていこうと思いました。

――だから起業家と出会うイベントに参加した時にも、そういう思いがご自分の中に見えていたんですね。

そうですね。そして今、この会社で「企業と企業」をつなぐことを仕事にしています。ただ、表面的につなぐことはできるけど、人をつなぐプロって何だろう、ってことを追究したいと思ってこの仕事をやっているっていうのもあるんです。

■まずは自分から、心の扉を全開にして、相手の懐に飛び込んでいけ

――それにしても、川角さんの経験談を聞いて、「日本中の人が、恩返しはしなくていいって言うなんて信じられない」って思う人もいるかもしれませんね。どうやってそのような言葉を引き出すことができたんですか?

それは、たぶん僕が「素の自分」で接したからじゃないでしょうか。

――「素の自分」ですか。でも、意地の悪い訊き方ですが、同じようにトラックに乗せてくれたとしても、みんながみんな「いいよお礼なんて」なんて言わないんじゃないでしょうか。たぶん川角さんだったから上手くいったのかなって気がして。他の人が「素の自分」をそのまま出しても、そういう風になるのかな? どうお考えですか?

僕は、人って「鏡」かなって思っています。旅の時に気づいたんですけど、自分が楽しそうにヒッチハイクしているとみんな停まってくれるんです。でも、自分がむしゃくしゃしている時って、誰も止まってくれないんですよ、不思議なんですけど。

だから、自分がいい状態であればいい人と出会えるし、自分が正直に話せば相手の人も正直に返してくれるって僕は信じています。まずは人に求めるんじゃなくて、自分から心の扉全開で相手の懐に飛び込んでいけば絶対に心を開いてくれるって、馬鹿正直に信じているんです。そして、車に乗せてもらえたら、僕のできることって一緒に過ごす時間をどれだけ楽しいものにできるかしかないので、少しでも「こいつを乗せて良かったな」って思ってもらえることだけを考えていました。

――なるほど! そういう自己開示って大事ですね。お答えくださって、ありがとうございます。

■ベンチャーは「自分が頑張った分だけ可能性を広げられる」

――最近の若者について、「欲がない」とか、「とりあえず無難に就職しよう」とか、安定志向の人が多いんじゃないかとかよく言われていますが、川角さんはどう見ていらっしゃいますか?

僕の周りには結構自分の意志を持って活動している子がいるんで、「ホントにそうなの?」って思うくらいなんですが、世間一般で言われるところについて僕が思うのは、人が育っていく過程って言うか、家庭の教育も大事なのではないか、と。

僕の両親はずっと「お前のやりたいことだったら何をやってもいい。ただし、自分のケツは自分で拭け」と言っていました。僕の将来のことを心配していましたが、最後には「お前が決めたんだったらやりな」と言ってもらえて。でも、「ホントはこういうことをやりたいんだけど、身近な人に反対されると結構しんどい」という友達の話を聞くと、「今どきの若者は」って言うよりは、多くの人は僕のような育てられ方をされてこなかったんじゃないかと思っています。

――私は、周りの若い人たちが安定を求める理由は、お金に対する恐怖もあると思うんです。とりあえず就職すれば手取りで19万いくらかがもらえるっていうのが自分の安心でもあるし、親だって安心するし。だから、独立するとか起業するとかベンチャーに入っていくのを躊躇するのかなって。その辺りはどう思いますか?

普通に就職したら確かに安定はあってリスクは少ないけど、どこかに属して誰かにすがって誰かの一部になるっていうのは、その先も有限だなと思うんです。逆に、自分で起業するとリスクもあるけど上限は無限ですよね。自分が頑張った分だけ可能性を広げられるってところに僕はワクワクするんです。

「就職して安定している方が好き」って人はそれでいいと思うんです。それがその人の「らしさ」だし、否定するつもりはないです。ただ一つだけ伝えるとしたら、「周りの人とかお金のことだけを理由にそこに着地したんだったら、ホントにそれで納得できるの?」ってことでしょうか。確かにオンリーストーリーに入ってくれたメンバーも、お金の面に関しては大企業と比べたら少ないかもしれないし、最初は辛い時もあったと思います。でも、それ以上の価値があると思うし、自分が成長して大きい存在になって、自分で組織を作っていくことを実感する方が、僕は生きがいがあると思っているんです。

■一人ひとりは「パズルのピース」。それがつながって「チーム」になる

――川角さん、自分の欠点って何だと思います? 欠点、あります?

いっぱいありますよ(笑)例えば飽き性なところとか。0を1にするのは好きなんだけど、1ができちゃったらもういいんですよ。他にも、自分で抱え込み過ぎちゃうとか、責任感が強すぎるところとか、あげればきりがないんですけど、僕の欠点との向き合い方は、まずそれを受け入れること。「逃げる」んじゃなくて、「苦手だ」ということをまず知って、それをできる人に協力してもらうことの方を大切にしています。

僕はよく、パズルのピースを一人の人間に例えるんです。出っ張っているところはできるところ、へっこんでいるところは苦手なところって考えた時、多くの人は欠点を直すことにフォーカスして、それを解消しようとがんばりすぎる。そうすると、今度は自分の長所を伸ばす時間が無くなってしまうので真四角なピースになってしまう。それでは他のピースと組み合わさらないんです。自分の長所は誰かの苦手なところを埋めるものであり、自分の短所は誰かの長所を生かすためにあると思っているので、自分のコンプレックスを受け入れたうえで、それが得意な人をチームの中で探して、その人に「僕これできないから」ってお願いする。そうすることで、その人にやりがいとか生きがいを感じてもらえるし、組織として大きくなれる。それがやっぱりチームである理由なのかなって思うんですよね。

――いいなあ、そういう考え。私もすごく分かります。

■僕はもともと何もできない人間だからこそ、それを全部乗り越えていきたい

――一方で、「川角さんのネガティブな部分って本当にないの?」っていう気も正直するんです。「こんな完璧な人っているの?」って。まぶしすぎますもん。周りの人から「偽善者」って言われることないですか?

社内でも言われますね。悩んだ時期もあります。今まで話したことは全部本音なんですけどね…。

対処法として一つ具体的にやっているのは、僕の「暗黒時代」の話をすることです。「僕も初めから全部できたわけじゃない、同じ想いをしてきたからこそ気持ちがわかるよ」っていう経験を伝えると、「すっきりしました。私もできるような気がしました」って言ってもらえるんですよね。個別に話せば伝わるので、最近はあまり気にしてないです。その時には伝わらなくても、3年くらいして「今は共感できるようになった」って言ってくれる人もいるし。もし「みんなに理解してもらいたい」がために自分を作ってしまったら、それこそ人からどう思われるかを気にして生きる昔の自分に戻ってしまいますから。

――なるほど。どこかで伝えるタイミングがあったら伝えるし、今じゃなくても伝わるタイミングがあるかもしれない。もし一生伝わらなかったら、それは「出会うべき人」じゃなかったんだと。そう納得していらっしゃるんだったら、もう「暗黒時代」の川角さんに戻ることはなさそうですね。勝手にホッとしちゃいました(笑)。

戻りかけることもあるんですけど、伝わらない時は伝わらないし、逆にそこで僕が歩みを止めてしまったら、一番自分の大切にしたい人たちを大切にできなくなっちゃうと思うんです。数年前の自分じゃ決して使わなかった言葉ですけど、やっぱり「優先順位」があるんですよね。今だったら妻とか、会社のメンバーとか、お客さんとか自分を信じてくれた人の意見を聞き、その人たちに対してちゃんと価値を提供するために自分が成長していきたい。そう思っています。

もしそれで僕が輝いて見えたとして、嫉妬する人がいたとしても、個別に相談してくれたら、僕がその人に伝えられることは絶対あると思っています。僕だってたくさん失敗を経験してきたから、そういう人たちの気持ちも分かる。でも、僕はもともと何もできない人間だからこそ、それを全部乗り越えていきたいんです。僕が先にどんどん突き進んで、いろんな失敗をして困難をぶち壊して、0を1にすることをやり続けたら、それがいつかみんなの希望になるんじゃないか と。それが自分の役割だって思っています。

――やっぱりまぶしいなあ(笑)。でも「まぶしい人」って、決して本人が輝こうとしているわけじゃないじゃないんですよね。ひたむきに自分のやりたいことに真摯に向き合って、自分が信じているものを信じぬいていると、勝手に発光して「見える」んだと思います。

たまに勘違いしてしまうんですけど、その人たちから見たら僕はただほんの少し先を行っているだけなのに、その人たちに話をして感謝される経験をすると、気持ちよくなっちゃうんです。でも、そうやって満足して歩みを止めちゃっている自分に気づいた時、そんな自分が嫌になっちゃって。「何でこんなところで満足しているんだ。まだまだ前に進む時期じゃないか」って言い聞かせるようにしています。

――まっすぐですね。

それしかないんで。野球でいうと、ど真ん中・ストレート、しか投げることができないんで。

――お話を伺っている中でいろんな表情をされているんですけど、ふっと我に返る時の顔がすごく穏やかで。私、お話を伺うことに集中しているので、その表情をカメラで押さえられないのが残念です。川角さんに嫉妬している人に、自信を失った頃の話をしている表情を見せることができたら、ますます川角さんという人が気になってしまうでしょうね。
今日は良い話を聞かせてもらい、ありがとうございました。まだまだお聞きしたいことがいっぱいあるんですけど、時間の関係もあるので…。

シリーズ化が必要だったらいつでもおっしゃってくださいね。自分で言うのもなんですが、まだまだ面白いエピソードは山ほど持っていると思います(笑)。

川角健太さんが勤務するのは・・・
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