• 谷津亜由美

「店長の私」も「ただの私」も常にいつでも直球勝負

店長業と母親業の両立を実現している谷津亜由美さん。恵まれた環境に支えられてきたとはいえ、決してそれに甘んじることなく、常にさらなる高みを目指して自ら声を上げ、経験を重ねてきました。今も飽くなきチャレンジを続ける谷津さんのバイタリティーはどこから生みだされるのでしょうか。頑張りすぎたゆえに起きた過去の苦い失敗談も含めた、大河ドラマのようなお話をお伺いできました。
インタビュー実施日:2018年1月16日(らしくインタビュアー川上)

目次

■とにかく何か動きながら働いていることが大好き

――早速ですが、どんなお仕事をしてらっしゃるのかお伺いできますか。

ショッピングモールに入っているレストランの店長をしております。

――店長さんの仕事というのはどんなお仕事なのでしょう。

よく言われていることですが、「ヒト・モノ・カネ・情報」の管理になります。私が自分の中で命題として持っているのは、やはりパートさんやアルバイトさんと一緒に会社の求める数字、利益を出していくことであり、お客様に常に求められる、多くのお客様に繰り返し来ていただける店舗を作るというのが、私が考える店長の仕事ですね。

――それを今、実際に実現されている。

そうですね。目標としていますし、現実的にも利益が出ていますので(笑)。

――谷津さんは自社ホームページの中の先輩社員紹介で、インタビューにも登場していらっしゃいますよね。拝読すると、いわゆる「バリキャリ」であるという印象を受けたのですが。

すごく仕事が好きです。飲食業がそうであるように、とにかく何か動きながら働いていることが大好きなので、今の仕事は自分の性格に合っているなって思っています。

■入社のきっかけは、説明会で会った熱い社員の熱い想い

――では、なぜ飲食業界、その中でもイオンイーハートに入社されたのかというところをお聞きします。入社されたのはいつですか?

2005年新卒入社なので、社歴はもう12年です。なんだかんだで(笑)。入社したのはグルメドールという会社ですが、私の入社翌年にマイカルイストと合併して、イオンイーハートとなりました。

大学生の頃に、4年間ホスピタリティマネジメントという分野を勉強しました。特に担当だった教授が、ホスピタリティマネジメントを研究している方だったので、自然とホスピタリティや、サービス業の中でも「おもてなし」に特化した分野に進みたいなと漠然と思って、就職活動をしたんです。就職活動では、自分の可能性を、最初からピンポイントで決めて行くのではなく、どんどん視野を広げたいという思いもありました。

合同説明会を回っていて「あ、見慣れたレストランの名前がある」と思って、グルメドールというファミリーレストランの会社に立ち寄ったのがきっかけでした。グルメドールはすかいらーくやロイヤルホストなど、ビッグネームの企業ではなくて、当時はジャスコなどの中に入っていたり、地方に行くと路面店があったりする、洋食のファミリーレストランだったんです。そこで初めて自分が一利用者としてではなく、会社としてグルメドールを知ったのが第一歩、始まりでした。

――合同説明会ではどんな印象を受けたんですか?

人事担当の女性の方がとても優しい雰囲気で。そのブースには、ぽつんと私一人だったので、とてもよく、親身に話を聞いてくれました。また、そこに来ていた男性の先輩社員がものすごく熱い人で、外食産業について「俺はこの業界を変えてやる!」と。具体的にどのように変えるのか聞くと、「働く人が幸せになれる業界にしたい」と言うのです。どうしても長時間勤務がつきものだったり、休みが取りにくかったりする飲食業だけど、そうじゃなくて、人事制度を変えたり、業界の仕組み自体を変えたりすることで、「働く人が『この仕事やってよかった』って思えるような業界にしたいんだよ」って。そういう人が前面に出てくる会社って面白そうだなって。それが、たぶんこの会社に入ったきっかけだったような(笑)、そんな気がします。

――飲食業というより、ホスピタリティを発揮できそうだということで、イオンイーハートを選んだのですね。

そうです、そうです。

――入社翌年に合併してイオンイーハートになるわけですが、入社した会社がなくなるわけではないにせよ、他の会社と一緒になるということで、雰囲気は変わりませんでしたか?

変わらなかったですね。どちらかというと、マイカルイストという会社がグルメドールに吸収合併されたような形だったので、母体はグルメドールの方だったんです。マイカルイストの方は、大きく変わった部分が多かったと思うんですが、私たちはそれほど大きな混乱というか「ああ、変わっちゃった」ということもなく。例の熱い先輩社員もずっといました。

■人事に異動するも、ずっと「店長をやっていない」という負い目があった

――では、入社からこれまでの経緯を教えてください。

新入社員の頃は洋食業態の店舗で1年間、接客したり、調理したりと、パートさんアルバイトさんと同じような仕事をずっとしていました。栃木県佐野市にあったグルメドールのお店で、アウトレットの向かいということもあって、結構繁盛していました。

2年目で静岡県の焼津市にある店舗に異動しました。あまり静岡の方には行ったことがなかったので、どうなるんだろうと思いましたね。ひとり立ちっていう形で、初めて上司がいない、「自分が店を引っ張っていかなきゃ」っていう立場になってしまったので、それはそれは、迷いの連続というか、手探りでしたね。そこで1年です。
異動から1年後、入社3年目に幕張の本社で人事の新卒の採用担当にさせてもらいました。当時「人事制度を変えてやる!」と言っていた熱い先輩が、本人の思い描いていた通り人事にいて、制度を変える仕事をしていたんです。私はずっと「その先輩と働きたい」って言っていたので、先輩が「一緒にやってみないか」と引っ張ってくれて。そこで1年半、その先輩と二人三脚で採用の仕事をする中で、本当にいろいろ、酸いも甘いも教わりまして(笑)。

――店舗業務を2年経験して、3年目に本社で採用のお仕事をするようになったんですね。

でも、その後業績不振のために新卒採用が一旦ストップすることになったんです。その話を聞いたのがきっかけになって、自分の中にあった「店長をやっていない」という引け目、負い目みたいなものがより強くなりました。学生さんには「まずは店長を目指してください。店長を目指した後のキャリアはいっぱい広がっているよ」なんて説明会で話すんですけど、自分は店長をやっていないから、店長の醍醐味を話せないなと。嘘を言っているわけではないんですが、「じゃあ谷津さんは店長やったんですか?」と聞かれると、「いや、私はね、やってないんだけどね」と答えるしかない。自信を持って仕事の面白味が話せないことに、「これでいいんだろうか」って思うようになってきて。

――ジレンマのような状態に陥ったと。

そんなある日、本社の近くで行われる新入社員研修の会場まで、社長と二人で一緒に歩いて行った時に「実は私、新入社員や内定者の子に、自分の口で店長の仕事の話をちゃんとできないんです」と打ち明けて、「私、店長やりたいです。店に戻してほしいんです」っていう話をしました。これはどうなんでしょうね(笑)、本当は直接社長に言うべき話ではないのかもしれないけど、言ってしまったわけですよ。そしたら、「採用は一回止まるから、お前は店長やってこい」って、半年も経たないうちに店長の辞令をいただいて、埼玉の浦和美園のお店に店長として配属されました。

■出産しても、「仕事を辞めて専業主婦に」っていう考えはまったくなかった

――いよいよ店長のポジションを経験することになったわけですね。

そこで初めて店長になったんですが、スーパーサブみたいなパートさんがいて、すごく私を盛り上げてくれて。店舗があるのは浦和レッズの本拠地といいますか、「埼玉スタジアム2002」が近いので、サッカーの試合があると祭りみたいになるんですよ。その時はレッズファン、サッカーファンと一緒になってお店でわーっと盛り上がって。そんな楽しい店長ライフ(笑)を過ごしていたんですけど、その埼玉のお店にいる時に私の人生最大の転機となる結婚と出産をしました。

これ、記事にしてもらうべきかどうかわからないですけど(笑)、できちゃった結婚だったんです。子どもを授かって、「あ、じゃあ、私ここで結婚しなきゃ」と思って、「結婚しまーす」と言って。

――結婚、産休、育休と続くわけですが、会社を辞めるという選択肢はなかった?

その時は、辞めるということは全然頭になくて。もう絶対、産休と育休取った後、会社に戻って普通に仕事するっていうイメージしかなかったので、「産休、育休、取りまーす」みたいな(笑)。

――ちなみに谷津さんが見てきた先輩で、そういうキャリアの先輩はいらしたんですか?

ちょっと歳の離れた先輩の中にいるとは聞いていましたが、全然会ったこともない、年次もとても上だったので。なかなか、いなかったんじゃないでしょうか……、一人だけでしたね。

――やっぱり人事を経験されている分、「え、いいじゃん、制度だから使えば」みたいな考え方が躊躇なく、すぐ出てきたっていうところもありそうですね。

はい。あとは、働き続けるのが普通だと思っていました。私の子どもの頃にさかのぼるんですけど、うちは四世代同居の大家族だったんです。ひいじいちゃん、ひいばあちゃんがいて、ばあちゃん、じいちゃん、お父さん、お母さん、私たちがいて。本当に田舎の大家族だったんです。そして、みんな働いていたんですよ。働き続けるのが普通だと思ってずっと生活していたので、子どもを産んでも仕事を辞めて専業主婦に、っていう考えはまったくなかったですね。

それに加えて、制度もあるし、会社が「産んで帰ってくるの、全然OKだよ」みたいな雰囲気だったので。確かに仕事の内容からすれば、今なら「育児をしながら店長職っていうのは厳しいな」って、思っていたでしょうね(笑)。その時はハッピーなオーラというか、脳内が、「私すごい幸せ! 店長楽しい、仕事楽しい、子どもできた! わあ~!」みたいな自分の世界で(笑)。そういう状態なので、すべてを手に入れたって思いました、あの時は(笑)。

■産休復帰後は、片道2時間、計4時間、電車に揺られて本社に通っていた

――産休、育休が明けてからは、また店長として復帰したのですか?

そうではなくて。やっぱりいろいろ考えました。復帰当時、またちょっと採用始めるよ、という状況になっていまして。かつて人事で私の先輩社員だった方ではないんですけど、その時採用業務をやっていたマネージャーが、「せっかくだから、いきなり店舗というよりも、通えるなら本社でまた採用を」と。要するに、「事務職の方が働きやすいんじゃないか。時短勤務を使いながら、通えるんだったら一緒にやらないか」って言ってくださったので、「じゃあ、ぜひやらせてください」とお返事しました。採用の仕事もすごく好きだったので。

ただ、嫁ぎ先が群馬の館林なので(笑)、本社まで片道2時間かかるんです。始発だったので、その2時間は座って好きな本を読んだり、勉強したりっていう、自分のオンとオフのスイッチが切り替わる時間になりました。1年間、往復4時間かけて通いながら仕事をしたんです。

――ちなみに、お子さんは保育園ですか?

いいえ、主人のお母さんが見てくれていたんですよ。保育園に預けると、急な呼び出しなどがあって、もうハラハラですよね。子どもが1歳から2歳になる間、お義母さんが見てくれていたので、それがすごくよかったんだと思います。

――そうやって1年人事でお仕事をした。

新卒と中途の採用担当をしていました。その間に二人目を授かったんです。とんとん拍子に。それでまた「産休、育休取りまーす」って(笑)。

――それからまた、何か考えるきっかけがありましたか?

1年間、自分の中で折り合いをつけながら通勤時間もなんとか耐えたというか、うまく使っていたつもりなんですけど、やはり実際往復4時間というのはすごく長かったし、負担になっていたわけです。

■うちの会社は、業界の中でも、とにかく働き方に関してすごく考えてくれる会社

――そうやって4時間かけて通勤していた1年があったということですが、その後は?

千葉の本社にいる時に、東日本大震災が起きました。その時は人事だったので、お店の安否確認をするなどしていて、家に帰れなくなっちゃったんです。上司を残して帰ることもできたんですけど、ヘロヘロになってる上司の姿を見ると、「いや、ここでちょっと私もやらなきゃ」と思って。一応家族には連絡がついて、「こっちも大丈夫だから」と言って、二日間ぐらい会社にいて、その後ようやく帰ったんですけど。その時に「やっぱり、いつでも帰れる距離にいたいな」って思ったんです。

うちの会社は全国に店舗があります。本社の機能は本社にしかないんですけど、別に本社の仕事をしたくてこの会社に入ったわけではなかったので、「この会社で働き続けられるんだったら、店舗の仕事でもいいや!」って。今度は人事に「私、家の近くで働きたいです」と言いました。もし社員として働くことが不可能だって思っているのであれば、私はパートとして勤務して、社員登用の機会を使って、また社員に戻るので、「どんな雇用形態であっても、とりあえず私は職場復帰をしたいです」って言って、今の店舗に配属されました。自宅から車で20~30分ぐらいの場所です。

――何年経ちましたか?

もう5年ですね。次の4月で丸5年経ちますね。最初は引継ぎっていう形で、2~3か月だけ店長ではなかったんですけど(笑)、前任の店長が次のお店に行くので、「谷津が店長だからね」って言われて。

――そうやって自ら声を上げて、それがちゃんと反映されていった今までの流れが美しすぎて(笑)。

(笑)。そうですね、他の会社で働いたことがないからわからないですけど、たぶんうちの会社って業界の中でもとにかく働き方に関してはすごく考えてくれる会社だなって思いました。

特に女性で、子育てをしながら働き続けるっていうキャリアの方が本当に数えるほどしかいませんでした。店長というのは私の知っている限りでは、私より先輩だと一人しかいなかったので、会社もそういう人材を創っていきたいと考えているから、きっといろいろとサポートしてくれているんだろうなとは思いますね。

――谷津さんの後進はいらっしゃるんですか?

いますいます。何人いるかな……、私以外に3人は確実に子育てしながらお店で働いていますね。

――谷津さんは先陣を切っていった、良い事例になっているんですね。

せっかくこの会社に入って、「店舗の仕事が楽しい、店長の仕事が楽しい」って言っているのに、「結婚したから辞めます」とか、「子どもがいると働けない」という声を聞いて、せっかくの人材が辞めていっちゃうのを見ると、なんかもったいないなあとは思いますよね。

――いや、それにしてもすごい。経歴が大河ドラマのようでした。

大河ドラマ(笑)。

■お店にいる時は、笑顔で元気な「店長の私」を演じ続ける

――仕事をする上でのこだわりやプロ意識を教えてください。

常に笑顔でいたいとは思っていますね。一緒に働く従業員に対して、常に私が元気で笑顔でいないとみんなの士気が上がらないので。お店にいる時は、「店長の私」を演じ続けます。

――今は? 今もすごく元気でパワフルなイメージですよ。

今は「私」です(笑)。ただの私です。

――じゃあお店では、さらにパワーアップしている感じ?

そうですね、たぶん一人で(笑)。

――そうすることによって、みんながついてきてくれるとか、気持ちが高まるのって感じられるものですか?

感じますね。やっぱり私がイライラしていると、店のみんなもなんとなく私に話しかけづらいので「シーン」となっちゃったりとか、「コソコソコソ……」って話していたりするんだけど、イライラをとりあえず置いておいて、元気に出勤すると、それだけでみんなが話しかけてくる頻度も変わりますし、明るい内容の話を持ちかけてくれます。

――そういうものなんですね。

あまり普段落ち込むこともないので(笑)。私が落ち込んだ時のみんなの様子をあまり知らないというか。常に笑顔と元気で、店長である私を演じ続けます。

――「演じる」って聞くと、つらい時もあるんじゃないかな? と思ってしまいます。

ああ、でもありますね。子どもが具合悪いところを、お義母さんにお願いして出てきていたりすると、心配になってちょっと不安になったり、心がざわついたりして、仕事モードになかなかなれないこともあります。でも、やっぱり店にいる以上は、店の責任者ですしね、お客様にとってはそんな私の事情なんて関係ないので、そこはもう割り切ることを覚えました。

■苦手なのは、ショーケース内のサンプルを、きっちり曲がらずに並べること

――お仕事で苦手なことはありますか?

うちの会社では「ショーウインドウ」と呼んでいるんですが、いわゆるショーケースの中のサンプルを作り込むのがとっても苦手で。売りたいもの、メインとして推したいものをどう配置すればいいかという作業ですね。「ここのラインをピシッとする」とか、田の字とか、いろいろ並べ方があるんですけど、そういうの苦手です(笑)。他の方から「谷津さん、曲がっているよね、それ」って言われて、「ええっ!?」って。

――それは店長の仕事なんですか?

はい(笑)。でも本当に苦手で、並べることはできるんですけど、きっちり並べることができないんです。曲がっていたりとか、角度がずれていたりとか。いいじゃん別にそんなの、ねえ(笑)。

――でも、それによってお客様の入りや注文数が変わるんですよね。

全然変わりますね。売りたいものを、お客様の目線が一番留まるところに置くと、本当にそればかり出るようになります。バーッときれいに並んでいると見やすいので、ショーウインドウ前にお客様が集まって、にぎやかになって、お客様がお客様を呼んでくれるような流れを作ってくれる。ショーウインドウは店の顔だし、本当に大事な仕事なんですけど、ダメなんです、すっごい苦手(笑)。

――配置のズレはどなたが見てくれるんですか?

マネージャーや部長です(笑)。私が苦手で嫌いなことも知っているので、「今度○日に行くから、やるから」って言ってくれるので「お願いしまーす」(笑)と。

――そこはお任せすると。

はい。得意な方にやってもらう(笑)。あ、こんなこと言っちゃダメだ(笑)。

谷津亜由美さんが勤務するのは・・・
株式会社イオンイーハート
株式会社イオンイーハート 採用ページ

■家族がいることによって頑張れることってすごく多い

――ここからはプライベートの話題を伺いますね。事前にご協力いただいたアンケートを見ながら、お話しを伺っていこうと思います。1つ目、ご家族について事前アンケートに書かれているのは……『呪縛』!?

どういうイメージと言ったらいいのか……、すべてが悪いイメージではないんですけど。独り身だったらどんなに楽だろうと思うことありますよね? 仕事に没頭したい時に、「プライベートさえなければ、私、24時間仕事していられるのに」とか。本当はダメですけど。「子どものお迎えがなければ」、とかいろいろ自分の中で。家族って、言い方は悪いけど、すごく足かせになっている部分ってあるんです。旦那がいなければとか(笑)、小声になっちゃったけど(笑)。

だけど、家族がいることによって頑張れることってすごく多い。「家族のために、私、頑張れる!」とか。最近は、子どもが学校で親自慢みたいなことをしていたりするんです。自慢されるようなことは何もないんだけど、誰かが「僕のお父さん、社長」みたいなことを言うと、うちの子が「俺の母ちゃん、店長!」とか言っていて(笑)。しかも「イオンの店長」とか言うから(笑)、「イオンの店長じゃなーい! イオンの中に入ってるテナントのね」って。でも子どもにとって私って、自慢の対象になっているんだと思ったら、「よし、頑張るよ母ちゃん」って。いい意味でも悪い意味でも、私を縛り付けるものであり、起爆剤にもなっています。

――わかります。私も子育てしながら働く者として、綺麗事だけじゃないという感覚はすごくよくわかります。

そうなんです。夫婦で同じように仕事をしていても、なぜか家事の割合って女性の方が多くて。しかも私は義父母と同居しているので嫁という立場がある。私だって旦那と同じぐらいの給料稼いできているのに、嫁だからって「なんで私が全部家事やんなきゃいけないの?」とか思って(笑)。女性は特に、男性が仕事とか家族に縛られているという感覚より、もっと違う意味の呪縛というか、いろいろあります。

――家事は結構担当しているんですか?

時間的に夜遅くまで勤務することもあるので、大体は義母がやってくれるんですけど、洗濯などの家事は、休みの時は私がやりますし。ただ、台所だけはまだお義母さんの聖地なので、そこはちょっと。

――なるほど! ラッキーですね(笑)。

(笑)。「手伝いまーす」と言って、「いいよー」と返ってきたら、「はーい!」みたいな(笑)。「手伝います」とは言います(笑)。

――仕事のある日はどんなスケジュールですか?

朝8時に小学校へ上の子を送っていって、そこから一旦家に帰って、洗濯物干しなどの家事をしてから、下の子を幼稚園に送って、そのまま出勤とかですね。出勤が夕方からだと、それまでは家事をして、あとは自分の時間になります。だいたいそんな感じですね。

――ご家族の中でも、とりわけ同居されているお義父さんお義母さんは、谷津さんの働き方についてどのように理解されているのでしょうか?

結婚するまでが長くて、7年ぐらい付き合っていたので、義父母はもともと働いている私をずっと知っていたんです。だから、「仕事を辞めろ」とは言わないまでも、やはり最初は「子どものためにもっと時間を取ったらどうなの」とは言われましたね。私が働き続けることも、孫のことも気がかりだったと思います。子どもはお母さんとのつながりをすごく求めてくるから、「子どものために」と言われちゃうと、揺らいじゃう部分がいまだにありますけど。

でも実際問題、働かなきゃ「あなたたちの介護、誰がするの?」って(笑)。その話はちょっとしたんですけど、やっぱり同居するにあたって、「私はお義父さんやお義母さんの老後を見ます」、というのもおこがましいんですけど、「介護をします。だから老後は心配しないでください。ただ、今は孫の面倒を見てください」っていう話をしました。今は仕事に対する理解もそうですけど、いろいろ本当に協力してもらっていますね。じゃないと働けないですね。

■子どもとは一緒に過ごす時間の長さよりも、密度の方が大事

――恋愛観、結婚観については、サプリやビタミン剤だと(笑)。

価値観はいいですけど、同じような性格の人とは一緒にいられないですね。

――補い合う関係。

そっちの方がいいです。

――パートナーである旦那さんには、どんな部分を補ってもらっているのでしょうか。

私すごく大雑把だし、こうと思うとそこに突っ走っちゃうんです。そこを「ちょっと、待って。まあまあまあ落ち着いて。そうじゃない考え方もできるよね」みたいな。私のストッパー役というか(笑)、ブレーキですね。

――谷津さんの癒し、息抜きは……、『息子さん二人と遊ぶ時間』。あ、お子さん二人とも息子さんなんですね。男の子の遊びは結構パワフルじゃないですか?

小学校2年生と年長なので、体力もあるし、遊ぶとなると公園に行って、放置なんですけど(笑)。「一緒に遊ぼうよ」と言われたら一緒に走ったり、遊具にのぼったりとか。家で遊ぶ時は、子どもたちはゲームが好きなので、ゲームをしながら「こうなんだよ、ああなんだよ」と言ってくれるのを、「へえー、そうなんだ、ふーん」みたいな(笑)。遊ぶというか、一緒にいる時間が癒し、息抜きですかね(笑)。

――それでいいんですよね。何か言われたら、うんうんと聞いてあげるのが大事ってところはありますもんね。一緒にいられるのは、土日や祝日とは限らないと思いますが、どう時間を作っているのですか?

私が平日休みの時はしょうがないので、学校から帰ってきてから一緒に宿題やって、ご飯とか全部済ませた後に一緒に遊ぶ時間を設けます。あとは、私みたいな仕事をしていても、一緒に働くパートさんたちは「別に、人がいれば土日休んだっていいよ」っていう人たちなので、年に1~2回ぐらいは週末に休みを取って、家族との時間も作るようにしていますね。

――差し支えなければでいいんですが、旦那さんは土日のお休みですか?

主人は日曜日と祝日がお休みです。平日のお休みは取ったり、取らなかったりで。

――お忙しいですね。そうすると、家族揃っての時間は貴重になってきますね。

最初はそこでも悩みましたね。だけど主人が私の休みに合わせて、平日どこか休みを取ってくれることもあります。あとは、春休み、夏休みなどの長期休みですね。学校や幼稚園が休みの時は、私の平日休みを利用して一緒に遊びに行っています。

一緒に過ごす時間の長さよりも、密度の方が大事かなって思って。幼稚園のお母さんとかと話すと、「自分だけの時間が欲しい」っていう方もいらっしゃるんです。それ、すごくわかるんです。だけど私は逆に、子どもとずっと一緒にいられる時間が欲しい。どうにか仕事をスケジューリングして、子どもとの時間を考えるので。私は、長時間一緒にいなくても、一緒にいる時間をどう過ごすかっていうことに集中しますね。

――お子さん抜きで考えたら、ご自身のための癒しや息抜きって何ですか?

平日休みで、子どもが学校に行っている間は、お義母さんもお義父さんも仕事をしているので、自分の時間になるんです。そこでマンガを読むとか、本を読むとか、自分の中で仕事が行き詰まっている時こそ、何も考えなくていいようなDVDを見るとか、そういう時間の使い方はしますね。

――お金を最も費やしているのは、『お子さんへの投資』ですね。

投資って言ったら、勉強のイメージになっちゃうけど、実はそうじゃなくて、本・ゲーム・お菓子(笑)。習い事もそうですし、結局子どもに関わることばかりですね、お金の使い道としては。

――ご自身のために使うお金についてはどうですか?

お金は……、そうだなあ、宝石とか欲しくなっちゃったりしません?(笑)自分へのご褒美とか言って(笑)。

――ちなみに結婚前は、一番使ったお金って何でしたか?

たぶん、食費だと思います。食べることが大好きで、特に外食を仕事にしていると、いろんなものを食べたくなって、「あれも美味しそう、これも美味しそう、今度じゃあ食べに行こう」とか、そういうのばっかりで。飲み代とかね(笑)。

■「直球勝負」が私の「らしさ」。でも昔はそれがネックにもなっていた

――周りが考えるあなたらしさについて。周りが自分のことをどう見ていると思うかと言えば、『どストレート』(笑)。自分で思う自分らしさも、『どストレート』(笑)。

この質問を事前にいただいた時に、主人に聞いてみたんです。「私って周りからどう思われていると思う?」って。そしたら、「うーん、おっさん?」って(笑)。「女だけどおっさん? いや、女みたいなおっさん?」(笑)。どういうこと?(笑)

――つまり、おっさんイコール、どストレートということ?(笑)

(笑)。とにかく女性的というよりも、男性的な働き方をしているというイメージがあるんじゃないかと。いわゆる「ほんわかママ」ではないってことですよね(笑)。

――お話を伺っていると雰囲気は伝わってきます(笑)。

一緒に働くパートさんにも、「何に対しても直球勝負だよね」ってよく言われますし、私自身も変化球とか、ネゴシエートして周りを固めていくっていうのがすごく苦手で。直球で言っちゃいます。

――思いの丈をすべてぶつけるという感じ?

あ、でも大人になったので、そこはね(笑)。そこまでではないんですが、20代の頃の私とはまた違うストレートさ。言ってはいけないことは言わない(笑)。

――それはどうやって身につけたんですか? 失敗したんですか?

(笑)。失敗しますよね、やっぱり。思いの丈をぶちまけすぎて、ひとりぼっちになってしまうこととか。ふと振り返ったら誰もついてきてないとか。

――具体的にはどんな出来事があったのでしょう?

「仕事に、どストレート!」みたいな時に、家族に取り残されている「ぽつん感」があったことがありますね。

やっぱりお義母さんとお義父さんが一生懸命子どもを見ていてくれるから、しつけとかもお義母さんたちにお願いしちゃうじゃないですか。そうすると、一緒に食事をしていても、私の知らない子どもがそこにいるわけです。で、パパと子どもたちだけで楽しく「今度の休みはこうしような~」とか話していると、私はぽつーんと「あれ? 私の居場所は、……あれ?」ってなっちゃう。私が「家族のために」と思って仕事を一生懸命頑張れば頑張るほど、気づいたら家族は家族でなんか仲良くしていて、私がひとり取り残されている感じ。

――お仕事の中ではどうですか?

頑張れば頑張るほど、独りよがりになっちゃっていた部分がすごく多かったです。

「よし、このキャンペーン頑張るぞ!」って言っているけど、意外とみんなついてきていなくて、「私だけ?」みたいな時もありました(笑)。自分だけが気持ちいい居方とか、自分だけが気持ちよくなれる立ち居振る舞いではなくて、自分の気持ちをちゃんと受け止めてもらえるような、そういう言い方をしようって思いました。

――なるほど! 私も直球系なので勉強になります。

ストレートな性格なんですけど、相手のことを考えた時に「どう思うのかな?」とか。そこですね。相手の気持ちを考えられるように、ちょっとなりました。

■熱しやすく冷めやすい。マンガでも、DVDでも、歴史でも、好きな人でも

――次、「実は私…」という項目なんですが、『興味を持ったらのめり込んでしまう』。これは、そうですよね、なんとなく想像がついてしまったんですけど(笑)。

(笑)。人に対してもそうですし、マンガとかDVDに対してもそうなんです。

最近で言うと、つい昨日最終話まで読んだ『NARUTO』。マンガの連載はだいぶ前に終わりましたけど、子ともがアニメ版を見始めて、忍者にはまって、「面白いんだよ、面白いんだよ」って言われているうちに、私も読み始めたんですが、最初、全然興味なかったのに最終話まで読んでしまいました。
作品自体も好きなんですけど、時代背景とか、「忍者とは」にも興味が出てきて(笑)。『忍術大百科』みたいな本を買ってきて読んでみて、「えっ、実は忍者って、……、ああ! なるほどね!」とか、「薬? あ、こういう薬草なのね」とか。

人に対してなら、好きな人ができたら、家族構成から好きな食べ物まで全部知りたくなっちゃって。一つのことから派生して何でも知りたくなっちゃう。そんなイメージです。

――ひとつの好きが、どんどん広く深くなる。

今は「歴女」とか「墓マイラー」とかいう言葉がありますけど、そう言われる以前に新選組にはまったときは、史跡を訪ね歩き、墓石を撫でて「ここが……」みたいな(笑)、そういうこともやっていました。

でも、熱しやすく冷めやすいタイプでもあるので、ある日突然、なんとなくその人の嫌な部分が見えちゃったら、なんかちょっともう、「あ、いいや」ってなっちゃうこともあるんです。

――さっき、ご自分のこと「大雑把」っておっしゃっていたけど、のめり込むときはとことんなんですね。

好きなことに対しての興味はどんどん深めていきたいタイプです。どうでもいいことはもう、とことんどうでもいい(笑)。

■生き生きと働き続けていくような社員が多い会社にしたい

――では次の質問です。谷津さんはこれからどうなっていきたいか。回答は、『母として、社会人として、強い人間』。今でも十分、強いのではとお見受けしますが。

本当の強さというのは、おそらく痛みも知って、苦しみも知って、すごく悩みに悩みぬいた末に自分でちゃんと答えを見出すこと。人生経験を重ねて、自分の足元をちゃんと固めて、相手はどう思うのかとか、人のことまでちゃんと考えられるような強い人間になりたいですよね。もちろん人に影響されるのもいいと思いますし、自分にぶれない軸を持って、前を向いて歩いていける人間になりたいなって。

――現在は、お子さん中心のキャリアの築き方で、店長としてご自宅の近くで働いていらっしゃるわけですが、これから先、働くのが好きっておっしゃっていたから、これからまだまだ先があると思います。そこに思い描いていることはありますか?

そうですね……、これから先、今の会社で何をしたいかって考えた時に、とにかく私のような人というか、結婚して子どもを産んでも、店長をやっている人を増やしたいし、店長じゃなくても生き生きと働き続けていくような社員が多い会社にしたいなと思っているんですね。そのためには組織作りをしたい、強い会社にしたいなと思っています。

――それは店長という立場からではなく?

入社した時にも言われましたが、店長は通過点であり、その先にいろんな分野の仕事がある。営業ラインで、運営部長や営業本部長など、「営業のスペシャリストになるのもいいと思う」って言われたんですが、どちらかというと、たぶん今の私は営業のラインでガンガン強くなりたいっていうか……。

土台を作って、同じように働ける女性をもっと増やしたいし、女性だけじゃなくて男性も、育児休暇を取る人が増えたらいいなと思います。また、これから家族の介護が必要な人も出てくると思うんですよね。そういう方々もずっと働き続けられる会社であってほしいなと思うし、そういう会社を作っていかなきゃいけないなとも思っています。
それこそ、根本の人事制度を変えるとか。いろんな制度がある中で、使う人がまだ少ないし、使っても運用が上手くいかなくて、結局、時短がフルタイムに戻っちゃうという人もいる。うちはたぶん、いい人事制度を持っているんですけど、運用がうまくいってないだけだと思うんです。また人事に立ち戻って、制度を変えたり精査したりという立場も、将来的にやってみたいなとは思っています。

■頑張りすぎて、「私は店長みたいになりたくありません!」ってハッキリ言われたこともある

――心強いんじゃないですか、後輩の方々は。谷津さん自身がこういう場に登場することでも、「あ、こういう人がいるんだ」って思ってもらえますよね。

そうだったらいいんですけどね(笑)。

二人目の育児休暇が明けてから店長として復職した時、二年目の若手社員たちがサポート役に付いてくれましたが、そのうちの一人に、「私は店長みたいになりたくありません!」ってハッキリ言われたんです(笑)。今思うと、「私が、私が」って頑張りすぎていたのかもしれませんね。「店長だから私がやらなきゃ」とか、本当は家に帰ればよかった時間も、「いや私は店長だから」っていう、そういう独りよがりの私の姿が、二年目の彼女には「この会社ではこういう働き方しかできないんだろうな」って思わせてしまった部分かなって、今ちょっと反省しますね。

――うーん。どうだったらよかったと思いますか?

素直に、彼女に甘えればよかったのかなと思います。もっと彼女を信頼して、彼女に店長業務のいくつかをお任せしちゃって、「じゃあ私、子どもが待っているから。先に上がるから、お願いね」って言えれば、よかったんじゃないかなって。あの時はそれが言えなかったんですよ(笑)。

――わかります。自分が頑張っている背中を見せたい、という気持ちもあるでしょうし。

そうそう。それもあります。さっき「店長としての自分を演じる」と言いましたが、その時は変に演じすぎちゃったというか、それがあまりよくなかったのかなって思いますね。

――でも、後進も続いていらっしゃるということですから、それぞれがそれぞれの働き方ができるようになったら、これからの人たちにはさらに選択肢が広がる感じはしますよね。

そう思います。

■一重まぶたがコンプレックスで、学生時代に「プチ整形」をしたことがある

――ところで、コンプレックスはありますか?

うーん、なんだろう。コンプレックスねえ(笑)。昔は一重まぶたがすごいコンプレックスでしたね。

――今は?

そのコンプレックスを解消するために、学生時代にお金を貯めて、プチ整形したんです(笑)。

――これ載せて大丈夫ですか?

全然いいです! でもそれが、安かったせいか、長持ちしなくて(笑)。

――(笑)。こんな笑いながら聞いていていいのかしら。

いいです、いいです。もともと奥二重だったのを、アイプチでクセ付けするようにしていたら、まぶたが荒れてしまって、もういいやと。会社から内定をもらって、1か月半ぐらいのインターンシップで20万円ぐらいのお給料がたまったので、「これでやるしかない!」(笑)。「入社前に、時間がある学生のうちにやろう!」と思って、手術したんですよ、簡単な手術だったんですけどね。1年半ぐらい、ちゃんと二重になっていて、それで少し自信がついたわけです。だけどいつの間にか取れちゃって(笑)。

――えー。

でももうその時には、結婚しようと思っていた今の主人と付き合っていましたし、社会人になると容姿だけじゃない自分の中の自信っていうのが、どんどんついていくものなんですよね。学生の頃ってどうしても、見た目とか、おしゃれや恋愛とか、そんなことに気を取られる時期だったので。でも、勇気を出して手術をするってことが、私にとってはすごく自信になったんですね。「プチ整形をした」っていう自信。

――そこに踏み切ったっていう。

そう、踏み切ったその自信が、私のコンプレックスをちょっとだけ解消してくれたんだなって。実際にはそんなに変わらなかったんですよ。奥二重をただ、アイプチじゃなくて、手術によって固定するってだけなので、たいして変わらなかったんだけど、その一歩を踏み出す勇気(笑)。

――聞いちゃっていいのかしらという話を聞いちゃった気がしますけど。

全然!全然!

――そうやって笑い飛ばせるみたいなところが、まさに自信の表れですね。

■ずっと自分に言い訳をして、立ち止まっていた。でも今、勇気を片手に、一歩踏み出せるようになった自分がいる

――谷津さんのお話を聴いていると、元気が出ます。

ありがとうございます。あの、私、言いたかったことがあって。お話ししてもいいですか?

――ぜひ!

自分に決めていたことがあったんです。子どもを言い訳に仕事を諦めたくないし、仕事を理由に子どもとの時間も諦めたくない。本当に、一歩踏み出す勇気なんです。実は今、幼稚園のPTAの副会長やってるんですけど(笑)。

――ええっ!すごい!

PTAの本部役員って、かなりの時間を拘束されるんですよ。PTA主催のバザーとか、運動会とか、餅つきとかいろいろあるんですけど。それも仕事をしているからって理由で「私はできません」とは、今年度は絶対言わないようにしようと思って、自分で立候補して「私がやります!」と。

――すごい!!! それと仕事をやりくりする、調整すると。

そうです、そうです。

――なんかもう……、すごすぎて言葉がないです。

すごくないです、すごくないです。これも自分の中の原理はさっきのプチ整形と一緒で、一歩踏み出すっていう勇気。今までは立ち止まっていたんです。私はすごく弱い人間なので、逃げる理由ばかり探して、全部なにかしらできない理由を見つけて。ずっと言い訳ばかりしていたんですけど、それって仕事に対しても子どもに対しても、すごく失礼なことだと思って。だとしたら「できる道を探せばいいんじゃん」と。今は、できる方法を探すために、ずっと頭の中でトレーニングをしています。

――それを自分で切り開いていくってことですもんね、敢えて。

そうそう。敢えて「私やるわ!」みたいな(笑)。でも楽しいです。やるって言ったことに対して、周りが協力してくれるようになりますし、一緒にやろうって声かけたお母さんたちも「じゃあ一緒にやろうか」って言ってくれるし。幼稚園の本部役員は、園児たちと過ごす時間も普通のお母さんより圧倒的に増えるので、今まで見られなかった子どもの顔とかも見られる。本当に楽しい1年でしたね。この3月で卒園式を迎えて、謝辞を読むのが最後の仕事なんですけど(笑)。謝辞(笑)。

――仕事の上では、なかなか聞かない言葉ですよね、謝辞(笑)。

■「言い訳ばかりの人生はもうやめて、私ももっともっと頑張らないと!」

――また4月から何かチャレンジしたいなとも思っていらっしゃるそうですが、それはまたお子さんとの関わりというところで?

それもそうなんですけど、幼稚園でつながりができたママさんたちと、コーラスの団体を作るんです。声楽科を出ているお母さんがいて、一度その方を主体に、30人ぐらい有志が集まって子どもたち向けに合唱をやったんですね。それがすごく好評で。それなら、「これから先もつなげていこうよ」って声をかけて、コーラス団体を作るっていうことになりまして。まずは幼稚園を舞台にして、ママさんコーラスをやるんですけど。

――新しいチャレンジもしていると。それにしても先ほどの「言い訳にしない」という言葉は、刺さりますねー。

ずっと言い訳ばかりしていた人生だったので、もうやめようと思って、そういうの。

――そんなに言い訳していたんですか?

できない理由ばかり考えていましたね。

――それは社会人になって、お子さんが産まれてからのことですか?

根本的にはずっと変わっていないんですが、学生の頃は基本的にやらなくてもなんとかなっちゃったりするじゃないですか。社会人になって、家族ができて、今こういう立場に置かれて、やらなきゃいけないことっていっぱい増えてくるし、肩書もある。だけどそこで言い訳ばかりして、「子どもがいるからできません」とか言っていると、いつの間にか愛想尽かされて、期待されていた部分も「谷津に言ったってどうせダメだしな」って思われちゃう。それじゃダメだと。

――このバイタリティーを少し分けていただきたいぐらいです。

私こそ、初めてこういう場を設けてもらって、昨日「らしく」のサイトにあるインタビューを読んだんですけど、本当にいろんな方がいて、みんなの頑張りを読むと、「私、まだまだだな」って思いました。自分だけがかわいそうと思っていた時期もありましたけど(笑)。「私ばっかりなんでこんな働かなきゃなんないの、子どもと時間過ごしたいのになんで私が働かなきゃなんないの」って思うこともありましたけど、人それぞれ悩みがあって、人それぞれ抱えている問題が違っていて、でもみんな、もがきながらも何か答えを見つけようと頑張っていると思うと、「私ばっかり」と思っていられないなと。

――読んでいただいてありがとうございます。

今日、本当に楽しみにしていました。ありがとうございました。

――こちらこそ、今日はありがとうございました。

面白かった(笑)。インタビュー中、涙を流して笑ってしまいました。

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